田舎教師ときどき都会教師

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宮台真司 編『教育「真」論』より。問題は学力ではなく、「社会的なもの」にコミットメントする動機づけ。

 学力低下は本当に小さな問題です。「学校的なもの」から脱却すれば、そりゃあ学力は低下するでしょう。それでも「社会的なもの」にコミットメントする動機づけが強ければ、あとからいくらでも学んで、必要な領域については簡単に追いつくことができるでしょう。そういう小さな問題に比べて、はるかに大きな問題が日本の学校には生じているわけです。要は「学校的なもの」へのコミットメントが、「社会的なもの」へのコミットメントへとつながらない。「学校的なもの」に適応すると「社会的なもの」に適応できなくなるのです。
(宮台真司 編『教育「真」論』ウェイツ、2004)

 

 こんにちは。プーさんの人生哲学「Doing nothing often leads to the very best kind of something.」(何もしないは最高の何かにつながる)を地で行く構えを学校がとり続けたところ、しびれを切らした保護者がオンライン交流会をはじめたり、Zoomを使って子どもたちをつなげ、有志で学習会を立ち上げたりし始めました。素晴らしい。もしかしたら管理職はそういった展開をねらっていたのかもしれません。あえてのプーさん戦略。

 

 何もできないではなく、何もしない。

 

 学級に置き換えると、担任が教えないことによって、子どもたちが自分で考え、行動するようになるという戦略です。教師ががんばればがんばるほど子どもたちは何もしなくなり、学校ががんばればがんばるほど家庭は何もしなくなります。「学校的なもの」へのコミットメントではなく、むしろデタッチメントが「社会的なもの」へのコミットメントにつながる。プーさんいうところの「何もしないは最高の何かにつながる」とは、まさにこのことです。

 

 

 宮台真司さんの『教育「真」論』を再読しました。03年と04年に行われた3つのシンポジウムをまとめたものです。各回の出席者とタイトルは以下の通り。

 

  ① 三沢直子、高岡健、宮台真司「子どもたちをめぐる事件と犯罪」
  ② 平田オリザ、寺脇研、宮台真司「さまよえる子どもたち、模索する学校」
  ③ 江川達也、高岡健、宮台真司「子どもたちの夢と未来」

 

 初版は04年ですが、最初に引用した宮台さんの発言からも想像できるように、題名を『教育「新」論』に変えてもう一度「新刊」として売り出したとしても、十分に満足できる内容です。冒頭の《学力低下は本当に小さな問題です》なんて、まさにコロナ禍のこのタイミングで、不安を抱えている保護者に届けたいメッセージではないでしょうか。宮台さんは、データをもとに、学力の故障よりも動機づけの故障に問題があると指摘します。

 

 動機づけがうまくいけば、学力は取り戻せる。 
 ~したいという動機づけは、大失敗している。

 

 ちなみに冒頭に引用したのは②のシンポジウムにおける宮台さんの発言なのですが、その後に続く平田オリザさんの発言も、これまた素晴らしいんです。曰く《僕の経験から言うと、まあ学校は行ったり行かなかったりしたほうが、たぶんいいですね。ずっと行っているから、だめになるんだと思います、きっと》云々。コロナ禍の過ごし方としても、正しい。そして臨時休校がこれからも散発的に続くことを言い当てているかのようで震えます。

 

 これから在宅勤務が広がれば、労働生活においても他者との接触は相対的に不要になってきます。コンビニ弁当のような便益が提供されるおかげで、家族が集団的便益を提供する必要を免除されて、例えば「共生共食」のチャンスが減ることも、他者との接触チャンスを奪います。

 

 これは①のシンポジウムにおける宮台さんの発言です。これまたコロナ禍を言い当てているかのようで震えます。

 まともな自己形成に必要な他者との接触チャンスがリモートワークの広がりとともに減っていくであろう。他者との社会的なコミュニケーションによって「承認」や「尊厳」を獲得するというプロセスもままならないだろう。だからそこを手当てするための処方箋を考えなければいけない。

 コロナ禍においてその流れが加速されることを考えると、なおさら喫緊の課題といえます。

 

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ベトナムのハロン湾にて、船内で共食(07)

 

 世界遺産のハロン湾にて。同じ船に乗り合わせたツーリストが「みなさんどうぞ」と魚を振る舞ってくれたんですよね。カッコよっかったなぁ。他者との接触を避けなければいけない時代に、そういったコミュニケーション能力はどこで磨けばいいのでしょうか。共生共食の機会のひとつだった給食すら、今のところどうなるのかわからず、先行き不透明です。

 

江川 それは、どうしたら変えられると思いますか。僕は、公務員の終身雇用制をやめて五年契約にすればいいんじゃないかと思っているんです。
宮台 それは、寺脇研さんもおっしゃっていた重要なことです。ただ根本的な問題は解決しない。任期制が生じると雇用不安が生じます。すると官僚の大半はますます迎合的になる。石原慎太郎の官僚操縦術はそれを用いたものですが、アメリカでも知られた典型的なやり方です。迎合しないとサバイブできないと思わせ、コンロトールしようという典型的な発想です。だから僕たちのマインド自体を根本的に何とかしないと、解決できません。

 

 これは③のシンポジウムからの引用です。愛国についてのくだりより。愛国とは、宮台さん曰く《国民益を増大させるべく国家を命懸けで操縦しようとする志》のこと。政府の言うことを黙って聞くことではありません。上記の《迎合しないとサバイブできないと思わせ、コントロールしようという典型的な発想です》は、現在社会で紛糾している「検察の定年延長」問題を言い当てているのではないでしょうか。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 社会は教育よりもでっかい。

 


 だから教育は子どもの幸せのための手段ではなく、社会システムを回すための手段である。社会システムが回らなければ、どのみち子どもは幸せではなくなってしまう。宮台さんは昔から一貫してそのように説明しています。「学校的なもの」へのコミットメントではなく、子どもたちが「社会的なもの」へコミットメントするためにはどうすればいいのかという視点で教育を考えていくこと。

 

 問題は学力ではなく、動機づけ。

 

 何もしないをするも、あり。