田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

鴻上尚史 著『「空気」を読んでも従わない』より。「世間」ではなく「社会」を生きる。

「どこで恋人を見つけましたか?」という質問を日本人にすると、「学校」「塾」「バイト先」「勤務先」というように、知っている人がいる場所、つまり「世間」を挙げます。
 欧米では、「公園」「列車」「銀行」「レストラン」「バー」という、知らない人が出会う場所、つまり「社会」が挙げられることが多いのです。
 知らない人に声をかけること、会話することが平気というか、当り前だからです。
(鴻上尚史『「空気」を読んでも従わない』岩波ジュニア新書、2019)

 

 おはようございます。明日は祝日だし先週は土曜日まで授業があったので、月曜日の今日は一日年休をとって3連休といきたいところですが、なかなかそこまでは大胆になれません。定時退勤と時々の早帰り(年休1)は板についたものの、丸ごと一日には抵抗があります。この「空気抵抗」とでも呼びたくなる「さすがにそれはダメだろう」感、正確には「さすがにそれは『申し訳なさ過ぎて』ダメだろう」感は、どこからくるのでしょうか。鴻上尚史さんの著書『「空気」を読んでも従わない』を読むと、その「空気抵抗」の出所がよくわかります。

 

「空気」を読んでも従わない: 生き苦しさからラクになる (岩波ジュニア新書)

「空気」を読んでも従わない: 生き苦しさからラクになる (岩波ジュニア新書)

  • 作者:鴻上 尚史
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2019/04/20
  • メディア: 新書
 

 

 さすがにそれは「申し訳なさ過ぎて」ダメだろう。

 

 この感覚はどこからくるものなのか。鴻上さんは、それは《私達の心に残る「世間」の意識》からくるものであり、《そもそも、私達日本人の心に、そういう傾向があるです》と書きます。人の頼みをにっこり笑って断わることのできる外国人と、申し訳ないと思ってしまうと同時に「生き苦しさ」まで感じてしまう日本人との違い。年休とは意味合いが異なるかもしれませんが、その違いを生み出しているのが「世間」と「社会」という考え方にあると鴻上さんは指摘します。

 

「世間」を生きる日本人。
「社会」を生きる外国人。

 

「世間」の反対語は、「社会」です。

 

 この本を読むまで「世間」と「社会」が反対語の関係にあるというイメージはありませんでした。鴻上さんのいう「世間」とは、あなたと、現在または将来、関係のある人たちのこと。逆に「社会」とは、あなたと、現在または将来、なんの関係もない人たちのことを指します。

 鴻上さんがいうには、ほとんどの外国にはこの「世間」にあたるものが存在せず、「社会」しかないそうです。つまり冒頭の引用に描かれた「公園」や「レストラン」での出会いは、外国人が「世間」ではなく「社会」を生きていることに起因しているというわけです。

「社会」を生きている外国人は知っている人と知らない人を分けないため、相手が知らない人であってもフレンドリーに声をかけるし、カジュアルに恋に落ちます。それに対して「世間」を生きている日本人は、知っている人と知らない人を分け、前者にあたる仲間内だけで世界観を共有することから、狭い世界で窒息してしまうリスクを負い続けることになります。

 

 相手の頼み事はめぐりめぐってわたしのため。
 相手の頼み事はめぐりめぐっても相手の都合。

 

 上段が「世間」で、下段が「社会」です。「社会」を生きる外国人は、相手が自分の都合で頼み事をしていることがわかっているので、にこやかに微笑みながら「できません」と口にすることができます。そこに「生き苦しさ」はありません。一方、狭い「世間」に生きている日本人は、仲間からの頼みゆえに、断りたくても断われず、苦しみます。断わることは将来的に自分のためにならないと考えてしまうからです。定時退勤するときのあの拭いがたい後ろめたさは、わたしたち日本人が依然として「世間」を生きている証拠というわけです。

 

 では、どうすればいいのか。

 

 鴻上さんは、現在、「世間」は壊れかけているといいます。そして「世間」という大きなものがくだけて、日常的にいろいろな場面、いろいろな形で「空気」というものが表れるようになったと書きます。山本七平さんの名著『「空気」の研究』に出てくる「空気」に近い意味をもつ「空気」です。

 

「空気」は変えられる。

 

「世間」が強固なものであったのに対して、「空気」は「世間」がカジュアル化&日常化したものであり、強い意志をもって対峙すれば、変えることができます。鴻上さんがそう主張しています。だから定時退勤をする教員が増えれば、部活動の顧問を拒否する教員が増えれば、或いはこのまま欠員が増えて教員不足がもっと深刻化すれば、教員の労働環境を取り巻いている「空気」も変わるかもしれません。少なくとも、変化という概念の兆しくらいは感じられるようになるのではないでしょうか。

 

f:id:CountryTeacher:20200209225016j:plain

中国は黄山(屯渓区)の老街にて(2001)

 

 ひとり旅をすると、一時的とはいえ「世間」から離れることができます。鴻上さんのいう「社会」を生きている外国人が、知らない人であってもナチュラルに「ハロー」と声をかけるように、わたしも旅先では進んで「こんにちは」と声をかけていました。楽しいんですよね、すごく。教室の子どもたちには「知らない人には声をかけてはいけません」なんて指導していますが、本音では「世間」ではなく「社会」を生きてほしいと願っています。知らない人であっても、否、知らない人だからこそおもしろいのになぁ。

 

「空気」を読んでも従わないこと。

 

 まずは大人が「社会」を生きることで、子どもたちに手本を示していかないといけないなと思います。

 

 年休1。

 

 

「空気」の研究 (文春文庫)

「空気」の研究 (文春文庫)

  • 作者:山本 七平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/12/04
  • メディア: 文庫