田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

幡野広志 著『なんで僕に聞くんだろう。』より。エンドロールではない。

 本当はたのしいはずの勉強を、相対的評価や成績やテストの平均点で、大人がつまらなくさせちゃったんじゃないかな。大人だって好きな趣味を相対的評価で成績つけられたら、上位の人はいいけど下位の人はイヤになっちゃうとおもうんです。子育てだって国から成績をつけられたらきっと少子化に拍車がかかります。
 息子さんにとっては学校の成績よりも、お母さんの「我が子ながらいい子」という言葉のほうが一生の宝物になるとおもいます。
(幡野広志『なんで僕に聞くんだろう。』幻冬舎、2020)

 

 こんにちは。昨日は土曜公開授業でした。午前4コマ、給食なし。3時間目の算数は「算数好き」の女の子と男の子に授業を任せ、参観している保護者の賛否両論の視線を後頭部に感じつつ、子どもサイドからの景色を楽しみました。学びのコントローラーを担任ではなく子どもたちが手にしている、この時期ならではの授業スタイルです。

  

 算数好きの女の子「最初に復習します。全員手を挙げてください」
 算数好きの男の子「〇〇さん、帯分数について説明してください」

 

 全員手を挙げてくださいっていうのは子どもたちをお客さんにしないためにときどき使っている手法です。手を挙げれば、考える。体と心はつながっている。子どもサイドにいる私も挙手。ただ、ちょっとドキッとしていました。学習者が知らず知らずのうちに学んでしまう、ヒドゥン(隠れた)カリキュラムってやつだなぁと思ったからです。

 

 子どもは大人をよく見ています。

 

 算数好きの男の子「次は帯分数を仮分数に直す方法を説明してください」
 算数好きの女の子「全員、手を挙げてください」
 算数好きの男の子「じゃあ、先生お願いします」

 

 いやいやいや。

 

 なんで僕に聞くんだろう。

  

 

 帰路に幡野広志さんの新刊『なんで僕に聞くんだろう。』を購入し、Tully'sに寄って読みました。自分への御褒美です。土曜公開授業が終わったら読もうって、前々から楽しみにしていました。保護者曰く「先生、お疲れさまです」。はい、めちゃくちゃ疲れています。月火水木金土。よく働き、がんばりました。昨夏、幡野さんにサインをもらったときのことを思い出します。幡野さん曰く「先生も大変ですよね」。

 

 なんで僕に聞くんだろう。

 

 写真家の幡野広志さんは多発性骨髄腫(末期ガン)を患っていて、息子さん(優くん)の生まれた翌年の2017年に、余命3年の宣告を受けています。相談者を息子さんに見立てて答えているからでしょうか。相談者からの「Question」と幡野さんの「Answer」から成る『なんで僕に聞くんだろう。』は、処女作『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』や、前作『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』に比べると、タイトルに優しさを感じます。

 

 ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。
 ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

 

 重いタイトルです。書店で目にしたときに何度かスルーしてしまったのは、そして何度かスルーしたのに結局は買って読むことになったのは、その重さと、ストレートさゆえです。

 

 なぜガン患者である幡野さんに聞くのか。

 

 余命宣告を受けていることも影響しているかもしれませんが、それはきっと、幡野さんが本気で生きているからです。誰かの「普通」や誰かの「視線」を気にすることなく「好き」に忠実に本気で生きている。そして現実を誤魔化して色づけすることなく、原色をとらえてストレートに語る力に秀でている。しかも《なぜならこれ以上、がんばれないところまでガンばっているんです、ガン患者だけに》など、ユーモアだってある。そりゃ、聞きたくもなります。

 

 ウソでコーティングされた本音は、ウソとしてしか伝わりません。

 

《同じ年の、家庭のある恋人がいます》や《私、きっと死にたいんです》、《婚約者のご両親に結婚を反対されています》など、相談者の重い「Question」に対して、幡野さんは《最初に断わっておきますが、ぼくは不倫を悪いとはおもいません》や《だからぼくは自殺をまったく否定しません》、《ぼくは妻の親族が嫌いなんです》など、コーティング「ゼロ」の本音で「Answer」を返していきます。他者の目を気にして本気で生きていない人にはキツく、そうでない人には《フラペチーノでも一緒に飲みましょう》と優しく。そして原色を提示した上で「あなたはどうしたいの?」と人生のコントローラーが相談者自身にあることを伝えます。

 

何千件もの悩みに目を通していると、人の悩みはすべて人間関係が原因であると気づく。

 

「おわりに」の冒頭に書かれている文章です。すべての悩みは人間関係である。心理学者のアドラーも同じことを言っています。だからこそ、現状のシステムではなかなか難しいものの、人間関係という原色や「好き」にフォーカスした教育を、相対的評価や成績やテストの平均点に色づけされた教育よりも大切にしていきたいと思っています。国語も含めて、学校の勉強は英語以外ほとんどできなかったという幡野さんが、これだけ豊かな言葉を紡ぎ出して、書籍まで出しているのだから、学校のシステムに問題があることは間違いありません。勉強も大事。でもそれ以上に、人間関係について学ぶことや好きなことを見つけて没頭する体験の方がずっと大事。そんなふうに思います。

 

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よく働いた御褒美に(2020.2.8)

 

 昨日の土曜公開授業は、今年度最期の授業参観でした。今年度はもうエンドロールに突入した感があります。

 

 エンドロール(エンド・クレジット)。

 

 がん患者の受ける余命宣告も、エンドロールの始まりみたいなものなのかもしれません。今、ふとそう思いました。でも、書籍やSNSによる発信から、幡野さんがエンドロールを生きている感じは全くしなくて、むしろオープニング・クレジットを生きている感じがするのはなぜでしょうか。そのことも「なんで」につながっているような気がします。

 

『続・なんで僕に聞くんだろう。』も、今から楽しみです。

 

 

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

  • 作者:幡野 広志
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/08/21
  • メディア: 単行本
 
ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

  • 作者:幡野 広志
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2019/05/28
  • メディア: 単行本