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映画『KCIA 南山の部長たち』(ウ・ミンホ監督作品)&『マル激(第1034回)』より。ダイナマイトが爆発する前に、倫理的な行動を。

 1979年10月27日朝、朝刊紙の朝鮮日報や韓国日報は、急遽1面を差し替えて「大統領有故(ユゴ)」― 大統領に不測の事態 ― というヘッドラインで、午前4時に戒厳令が敷かれたことを報じた。朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長の銃撃によって死去したことが公式に発表されたのは、午前7時25分。ラジオではすぐに臨時ニュースが流された。
 日本でも、強権的な独裁政治を行ってきた朴正熙大統領が、KCIAの部長によって殺害されたというニュースは、大きな衝撃をもって受け止められた。
(劇場版パンフレット『KCIA  南山の部長たち』クロックワークス、2021)

 

 おはようございます。もうすぐ小学6年生になるクラスの女の子数人が「BTS(防弾少年団)」にはまっています。米・ビルボードのシングルチャートで1位を獲得した「ダイナマイト」に合わせてキレッキレのダンスは踊るし、外国語の授業でスピーチをやれば「I want to go to Korea.」って当然のように言うし、私が小学生だった頃と比べると隔世の感があります。

 

 KCIAの時代からKPOPの時代へ。

 

 とはいえ、世代的にKCIAのこともKPOPのこともよく知りません。不勉強が身に沁みるので、BTSのことはYouTubeで、KCIAのことは映画で勉強することにしました。KCIAのことを知りたくなったのは、マル激トーク・オン・ディマンド(第1034回)でビデオジャーナリストの神保哲生さんと社会学者の宮台真司さんが勧めていたからです。

 

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劇場版パンフレット『KCIA』の表紙

 

 先日、映画『KCIA  南山の部長たち』を観に行きました。1月30日のマル激トーク・オン・ディマンド「劣化する社会の中でドキュメンタリーや実話映画が担う重要な役割」で2番目に紹介されていた「実話映画」のひとつです。ちなみに1番目に紹介されていたのが、ビン・リュー監督によるドキュメンタリー映画『行き止まりの世界に生まれて』で、3番目に紹介されていたのが、ニールス・アルデン・オプレヴ監督による実話映画『ある人質』です。神保さんと宮台さんが勧めているだけあって、3本とも見ごたえのある作品です。

 

 勧められたら、観る。

 

www.videonews.com

 

www.countryteacher.tokyo

 

 昨年、日本で興行収入第1位を記録したのは『鬼滅の刃』です。宮台さん曰く「倫理的な存在」云々(マル激  第1021回)。
 昨年、韓国で興行収入第1位を記録したのは『KCIA』です。宮台さん曰く「倫理的な存在」云々(マル激  第1034回)。

 

 鬼滅の煉獄杏寿郎も、南山の金載圭(キム部長)も、倫理的な存在。

 

 アニメと実話という違いはあれど、2020年は日韓ともに「倫理に訴える作品」が国民にうけたということになります。裏を返せば、日本も韓国も倫理的な存在を欲しているということになるでしょうか。つまり、劣化する社会が必要としているのは、倫理的な存在である(!)というわけです。

 

 KCIAとは?
 キム部長とは?

 

 KCIAというのは朴正煕(1917-1979)時代の韓国の情報機関のことです。米国のCIA(Central Intelligence Agency)の韓国版といえば伝わるでしょうか。拠点が南山にあり、かなりの権力をもっていたことから、KCIAのトップは「南山の部長たち」と呼ばれて恐れられていたとのこと。日本版のCIAがない理由については、猪瀬直樹さんの『民警』に詳しく書かれています。

 

 韓国にはKCIAができて、日本にはALSOKができた。

 

 その『民警』に《歴史とは大河のような時間の流れであり、小さな波浪が飛び散り泡となって消え、小さな渦巻きもあちらこちらに生まれているのです 》とあります。小さな渦巻きが特大サイズの渦巻きになって「日本でも大きな衝撃をもって受け止められた」というのが、1979年に起きた朴正煕暗殺事件のことです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 暗殺犯は、キム部長こと金載圭(1926-1980)。

 

 朴正熙大統領とキム部長は革命の同志だったというのだから、いったい二人の間に何があったのだろうって、国民の間に憶測が飛び交うのは当然です。革命というのは1961年の5月16日に《当時少将(第2野戦軍副司令官)だった朴正煕などが軍事革命委員会の名の下、起こした軍事クーデター》(Wikipedia)のこと。朴正熙大統領を暗殺したキム部長は、その後「倫理的な存在」である故に、処刑というかたちで命を失うことになります。暗殺は義憤に駆られてやったことであり、大統領というポジションをねらっての利己的な動機ではなかった。ちなみにキム部長を演じているのはイ・ビョンホンです。格好いい。BTS(防弾少年団)にはない大人の色気たっぷり。

 

 Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.

 

 アクトン郷と呼ばれたジョン・アクトンの言葉です。翻訳すると「権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する」となります。

 絶対的な権力を握った朴正熙大統領もこの格言通りに腐敗していきます。興味深いのは、自分が腐敗していることを朴正熙大統領自身がわかっているということ。そしてナンバー2のポジションにいるかつての同士・キム部長が蔑んだ眼で自分のことを見ていることもわかっているということ。ウ・ミンホ監督が、人間の複雑さをそのように描いているところに、この映画の魅力が凝縮されています。

 

 あの頃はよかった。

 

 朴正熙大統領とキム部長が杯を交わしながら「あの頃はよかった」と回顧するシーンがあります。二人がしみじみと口にした「あの頃はよかった」は日本語です。あの頃というのは、戦後、革命の同志として二人が共に闘った時代のことを指します。二人とも戦前に日本統治下の韓国で教育を受けているんですよね。

 

 日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。

 

 朴正熙の語った言葉として、金完燮『日韓「禁断の歴史」』にそうあります。こんな人物でも長く権力を握っていると腐敗してしまうのだから、教育にできることなんてたかがしれているって、そう思ってしまいます。いずれにせよ、かつての革命の同志が腐敗していくのを、国民を虫けらのように扱っているのを、キム部長は黙って見ているわけにはいかなかった。なぜならば、

 

 倫理的な存在だから、です。

 

「モリ・カケ・サクラ」(森友・加計学園、桜を見る会)問題を黙って見ているわけにはいかなかった。精神疾患を理由に退職する教員がどんどん増えていくのを黙って見ているわけにはいかなかった。家庭環境に恵まれない子どもが不利益をこうむっているのを黙って見ているわけにはいかなかった。倫理的な存在の不在が社会を劣化させていくのを黙って見ているわけにはいかなかった。

 

 ダイナマイトが爆発する前に。

 

 倫理的な行動を。

 

 

日韓「禁断の歴史」

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