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リヒテルズ直子、苫野一徳 著『公教育で社会をつくる』より。保護者は、学校にとってかけがえのないリソースだ。

 また、教員と保護者の協働は、教員の仕事を軽減するためではなく、子どもたちが直接触れる大人の社会が市民社会として機能していることを学校を舞台として見せるため、言い換えるならば、学校を、子どもを取り巻く「共同体」にするためという積極的な目的のもとに行われています。
(リヒテルズ直子、苫野一徳『公教育で社会をつくる』日本評論社、2023)

 

 こんばんは。先日、6月末に授業でコラボした保護者とたまたま居酒屋で会って、3時間ほど「ほんとうの対話」を楽しみました。コミュニケーションの質はシチュエーションに左右されるとはよく言ったもので、1対多の保護者会や15分程度の個人面談ではできない質の話ができるんですよね、いわゆるサード・プレイスでは。途中、たまたまその居酒屋に足を踏み入れた同僚と、同じくたまたまフラッと顔を出した別の保護者も加わって、総勢6名。偶然も重なれば、

 

 縁です。

 

 

 偶然も重なれば、縁です。って、そう断言したいところですが、もしかしたら縁ではないかもしれません。偶然も重なれば、

 

 策です。

 

 学校現場には、たまたまを装わない限り、保護者と乾杯すらできない空気が流れているというわけです。半年前にちょっとバズったツイートもそうですが、そこに「ほんとうの自由」はあるのでしょうか。リヒテルズ直子さんいうところの《学校を、子どもを取り巻く「共同体」にするためという積極的な目的》をもって、保護者とのコラボ授業を意図的に展開しているのに、その保護者と振り返りを兼ねたおつかれさまの乾杯すら気軽にできないなんて。

 

 不自由です。

 

 日本は先進国としてはめずらしいほど市民団体が少ないそうですが、おそらくはそういった不自由さも影響しているのでしょう。ちなみに数日前に目にしたヤフーニュースの記事には「人助けランキング、日本は大差で世界最下位」とありました。そしてその原因に市民団体の少なさが挙げられていました。いったい、日本の公教育は、どんな市民社会をつくろうとしているのでしょうか。

 

news.yahoo.co.jp

 

 

 リヒテルズ直子さんと苫野一徳さんの『公教育で社会をつくる ほんとうの対話、ほんとうの自由』を読みました。2016年に出版された『公教育をイチから考えよう』の続編に当たる一冊です。その2016年前後に、イエナプランをはじめとするオランダの公教育に詳しいリヒテルズさんが「オランダでは、子育て中のパパは週休3日、子育て中のママは週休4日が一般的。残業なんて、もちろんない。市民社会を目指した教育を行ってきた結果としての現状。日本はどうなっていますか。日本の教育は結果としてどういう社会を実現していますか?」と話していたことを覚えているというかこのブログでも何度か紹介したのですが、あれから結構な年月が経って、日本の教育や社会が少しでもよくなったかといえば、

 

 否。

 

 教員不足といい、不登校といい、それから過労死ラインを超える残業といい、日本の教育がよくなっているとはとても思えません。苫野さんいうところの「公教育の本質」である《他者の自由を尊重・承認できる、自由な市民を育むこと》なんて、ほとんど誰も意識していないのではないでしょうか。だからこそ、学校関係者に限らず、できるだけ多くの人にこの本を手にとってほしい。

 

 目次は以下。

 

 はじめに リヒテルズ直子
 第1章 教育にとって「自由」とは何か?
 第2章 共生社会のアクターを育てる
 第3章 学校で「自由」をつくり合う
 第4章 学校文化をシフトする
 第5章 「鼎談」公教育の構造転換を目指して
 おわりに 苫野一徳

 

 第1章と第3章を苫野さんが、第2章と第4章をリヒテルズさんが担当し、第5章の鼎談には文化庁次長の合田哲雄さんが登場します。各章の始まりには二人の対談が収録されていて、そこもまた魅力のひとつといえるでしょう。

 冒頭の引用は第4章からとりました。原理から語る苫野さんも大好きですが、私はやはり実践から語るリヒテルズさんに惹かれます。

 

 例えば以下。

 

 学校で時事を取り扱うことは、オランダでは国が義務づけています。毎晩7時に公営放送で放映される「子どもニュース」は、夜8時に放映される成人向けニュースの要点を、子どもたちにもわかるように伝えるものです。学校でも子どもたちがみんなで一緒に視聴できるように、1週間分の重要なニュースをまとめたものが学校向けに配信されています。子どもたちは、教室で昼食をとりながら、または授業の中で、このダイジェストニュースを見て話し合っています。

 

 これは第2章からとったものです。共生社会のアクターをつくるためには、リアルな社会と学校をつなげる必要がありますよね、というサジェスチョンです。保護者を呼んで授業でコラボするのも、パーシャルとはいえ、子どもたちと社会をつなげるためです。ちなみに2017年の1月に千葉県の新浦安で平川理恵さん(現・広島県の教育長)とリヒテルズさん、それから鈴木大裕さん(教育研究者・高知県土佐町議員)の鼎談が開かれ、そのときにとったメモによると、リヒテルズさんは「明日から現場の先生ができること」として、第一に「保護者との連携」を挙げています。保護者との協働の大切さをずっと前から言い続けているということです。オランダの教育者たちはよくこう言っているそうです。

 

「保護者は、学校にとってかけがえのないリソースだ」

 

 

 オランダの教育者の見方・考え方と、日本の教育者の見方・考え方とのギャップに眩暈がします。保護者はリソースであって、

 

 モンスターではない。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 最後に、第二章からもうひとつ。

 

 選挙キャンペーンの時期になると、公営放送の子どもニュースの直後などに、各政党の代表者と小学生をスタジオに招き、小学生が政治家らに直接さまざまな質問を投げかける様子が放映されます。政治家たちにとっても、将来選挙権をもつ子どもたちをどれだけ尊重しているかが試される機会ですから、積極的にスタジオにやってきて子どもたちの質問に答えています。

 

 まさに、公教育で社会をつくる、です。日本の公教育は、いったい、何をつくっているのでしょうか。

 

 公教育をイチから考えよう。

 

 合わせて、ぜひ。