田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

上阪徹 著『子どもが面白がる学校を創る 平川理恵・広島県教育長の公立校改革』より。リーダー次第で、大人も面白がれる。

 実は校長時代、内申を作るのに、教師たちが時間を取られて大変な思いをしていたのも、平川は知っていた。間違ったことを書いたら、誤記載として問題になる。緊張感はひとしおだった。みんなが苦しんでいたのだ。
「だから、自分でアピールすればいいんです。勉強に関係ないことでもいい。何をしてきたか、自己表現です。これまでは子どもたちが大人の顔色ばかりをうかがってきたような気がするんです。それが、忖度するような人間を生んできたんじゃないかと。これからは、自分をもっともっと自由に表現していってほしい」
(上阪徹『子どもが面白がる学校を創る 平川理恵・広島県教育長の公立校改革』日経BP、2022)

 

 こんばんは。広島県教育長の平川理恵さんには何度かお目にかかったことがあります。目の前をパッと明るくしてくれるような大人の女性です。佇まいと優しさと、それから声でしょうか。お話をうかがっているだけで、エンカレッジされたことを覚えています。慣習にとらわれないこと。相手が誰であろうと、おかしいことにはおかしいと声を上げること。エッセンシャル・クエスチョン(本質的な問い)をいくつももっていること。そして、本人はそれが自然体で、そう感じていないと思いますが、勇気があること。

 

 クリエイティビティーとは、勇気のこと。

 

 慣習に疑問を抱き、今までとは違うことをするのだから、それは創造力という名の勇気でしょう。勇気がなければ改革はできません。平川さんには『クリエイティブな校長になろう』という著書がありますが、勇気のある校長になろう、と読み替えることができます。校長に勇気があれば、働き方改革も含め、本当はいろいろなことができますから。

 

 平川さんには勇気があった。

 

 その勇気を梃子にして、東大ロケット in 広島、イエナプラン(小学校)、国際バカロレア(中高)、特別支援教室、等々、教育長になったばかりの頃に「やりますよー」と語っていたことを忖度することなく全て実現させてしまった。しかもわずか3年で。その改革のプロセスを描いた本が、上阪徹さんの『子どもが面白がる学校を創る  平川理恵・広島県教育長の公立校改革』です。読まないわけにはいきません。

 

 

 上阪徹さんの『子どもが面白がる学校を創る  平川理恵・広島県教育長の公立校改革』を読みました。子どもだけでなく、平川さんの魔法によってパッと明るくなった「大人」も面白がりながら学校創りに取り組んでいる様子が伝わってくる一冊です。目次は以下。

 

 第1章 女性で民間経験を持つ「県の教育長」は何を変えたのか
 第2章 オランダ視察から生まれた「異学年集団」への挑戦
 第3章 次世代リーダーのための公立の国際バカロレア認定校
 第4章 商業高校の生徒たちの目の色を変えた授業
 第5章 図書館が変われば、学校が変わるあ
 第6章 子どもを縛らない、高校入試改革と不登校対策

 目次を読んだときに真っ先に読みたいと思ったのが第2章です。広島県の教育長になる以前から、公立小学校でイエナプランを実現させたいとお話していたからです。私もイエナプランに以前から興味・関心がありました。

 イエナプランというのは「異学年集団」(1~3年生、4~6年生)の学級編成やサークル対話などに特徴をもつ、オランダで盛んなオルタナティブ教育のひとつです。平川さんは横浜市の校長時代に自費で視察に行っています。しかもリヒテルズ直子さんという、イエナプランを語らせたらこの人の右に出る者はいないというくらいのコーディネーターを味方につけて。

 

 実は当時、小学校への異動希望も出していたという。

 

 もしも横浜市の教育委員会に先見の明があって、平川さんの願いを叶えていたとしたら、広島県福山市の「常石ともに学園」ではなく、それからリヒテルズ直子さんもかかわっていた長野県佐久市の「大日向小学校 しなのイエナプランスクール」(私立)よりも早く、横浜市の青葉区か都筑区あたりに公立の「イエナプラン」教育実践校ができていたかもしれません。東京に近いということもあって、その影響力はもっともっと大きかったでしょう。

 

 残念。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 出発の前、平川はこう言ったという。
「タイムマシンに乗って未来を見せてもらったと思ってください」

 

 広島県の教育長に就任してから7ヶ月後にオランダ視察を決行したそうです。タイムマシンに乗ってというのは、そのときに同行した福山市の教育長や県教委の指導主事らにかけた言葉とのこと。リーダーが見ている未来を「百聞は一見にしかず」で仲間と共有していく。羨ましい限りです。そんなリーダーの下で働いてみたい。視察したメンバーの一人は、現地のリアルに接して、次のような感想を述べています。

 

「戸惑いました。あまりにも今まで自分たちがやってきたものと違いましたから。規律面一つ取っても、自由でした。ソファに座っている子、バランスボールに乗っている子、寝っ転がっている子。これで本当に学べるのか、と。衝撃でしたね」

 

「子どもたちは、自分の学びにものすごく集中していたんです。自分のやるべきことが、きちんとわかっているんだろうな、と感じました。自己選択、自己決定をしている、ということが、すごく伝わってきました。それもまた、大きな衝撃でした」

 

 日本の教育と全然違うんですよね。一斉一律の授業や指導ではないということです。子どもたちに委ねる部分が圧倒的に多い。教師の役割はティーチャーではなく、ファシリテーター。それは第3章に出てくる国際バカロレア認定高もそうだし、第4章の商業高校もそうです。

 いずれにせよ、平川さんの魔法にかかったリーダー層が、現地で衝撃を受け、その衝撃を面白がりながら改革につなげていくことによって生まれたのが福山市の常石ともに学園(イエナプラン校)というわけです。

 

 行ってみたい。

 

 常石ともに学園には通知表がないそうです。福山市には以前から通知表をなくしていた学校があったとのこと。通知表だけではありません。イエナプランとは別の話になりますが、冒頭の引用にあるように、平川さんのアイデアで、広島県は高校受験に必要な内申書をほぼなくしています。リーダーに力があれば、無駄な仕事は減らせるということでしょう。第1章に次のようなことが書かれています。

 

「こんなこともありました。4人の職員がやってきて、今年度はこの5つの事業をやります、と5つの事業を説明されたんですが、2と5だけで良くないですか、と言ったんです。1、3、4いらなくないですか、と。4人の職員に、どの現場の出身ですか、と聞くと、高校です、中学です、事務方です、小学校です、と返ってきたので、みなさん本当に1、3、4がいると思いますか、と聞いたら黙ってしまって。私は現場を知っていますから、実はそんなものはいらないとわかるんですよ」

 

 2021年11月の教員調査によれば、小学校の平均残業時間は一ヶ月で96時間30分、中学校は121時間56分です。そんなものはいらないとわかるリーダー、そんなものはいらないといえるリーダーが必要なのは明らかです。いらないものをやらなければ、その時間を面白い未来にあてることができます。小学校の通知表だって、所見ではなく、子どもが自分で表現するかたちにしたっていい。これまでの在り方を疑わない限り、そしてタイムマシンに乗って未来を見ようとしない限り、国際バカロレア認定高(第3章)だって、商業高校の生徒たちが目の色を変えるような面白い授業(第4章)だって、それから図書館のアップデート(第5章)だってできません。平川校長然り、平川教育長然り。要は、リーダー次第で学校は変わるということ。子どもだけでなく、大人も面白がれるということ。

 

 求む、勇気のある自立したリーダー。

 

 おやすみなさい。

 

 

超スピード文章術

超スピード文章術

Amazon