田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『日本凡人伝 死を見つめる仕事』より。死を見つめつつ、生も見つめつつ、今を生きる。

 良し悪しは別で言うが、アメリカ人は車を馬車の延長線上で利用してきたように思う。したがって、ときにはオーバーなデコレーションが流行ったことがあったにしても、基本的にはきわめてシンプルな機能を求めた。ところが、日本車はエレクトロニクスという名の過剰な ”便利さ” を追求して、車を走る機能とは別のなにものかに仕立て上げたのだ。あたかも鏡台や箪笥やこけし人形やら折り紙やら、狭い部屋一杯に詰まった娼婦の部屋のように。小型車なのにパワーウィンドウでCDコンポつきカーステ、サイドミラーだって電動式。消費者のニーズといえば聞こえはよいが、この過剰さの中にこそ霊柩車をつくったものと共通の心性が潜んでいる。
(猪瀬直樹『日本凡人伝  死を見つめる仕事』新潮文庫、1991)

 

 こんにちは。日本車や霊柩車と同じように、学校にも過剰さの中に《共通の心性》が潜んでいます。もちろん仕事の過剰さです。臨床心理士の武田信子さんの言葉を借りれば、やりすぎ教育。2021年11月の教員調査によると、小学校の教員の実質的な時間外労働は月平均95時間30分です。過労死ラインは月80時間だから、2人に1人が死を見つめながら仕事をしていることになります。精神疾患で休職する教職員の高止まりが続いているのも、《共通の心性》に基づく「やりすぎ教育」を放置しているが故のことでしょう。

 

 

 昨日、茨城県の教員採用試験の倍率が1倍を切るかもしれない(!)というニュースが流れていました。短期的には悲報ですが、長期的には朗報です。志願者数が採用予定者数を下回ることこそが、働き方改革のドミノの1枚目だからです。猪瀬直樹さんが「日本凡人伝」の仕事で見せてくれたように、現場の教員の声に耳を傾け、労働環境の抜本的な改善をしなければいけない時期が来ているのではないでしょうか。

 

 

 猪瀬直樹さんの『日本凡人伝 死を見つめる仕事』を読みました。インタビュー・ノンフィクションシリーズの第3弾。死を見つめる仕事に携わっている凡人(=死の現場のプロフェッショナル)として登場するのは、日本一の葬儀屋、死に化粧師、霊柩車を商う経営者、火葬場建築家、墓石業界の異端児、元東京拘置所長、復顔師、尊厳死運動のパイオニア、元ロス郡検死局長、そして日本最初のホスピス所長です。冒頭の引用は「霊柩車を商う経営者」からとったもの。小学生には少し早いですが、ゲスト・ティーチャーとして全員を呼ぶことができたら、これ以上ないくらい充実した総合的な学習の時間を展開できるだろうなと思いました。中高生であれば「死を見つめる仕事って、生を見つめる仕事でもありますよね」って、そんなふうに発言する生徒も出てくるのではないでしょうか。以下、過剰にならないよう、火葬場建築家と墓石業界の異端児の話に絞って紹介します。

 

⚪昔、死ぬということは、みんなが参加して火を焼くというか、野焼きというのはそうだと思うんですね。一つの死を位置づけるための行事だったと思うんですけど、火葬場ができちゃうと、それは工場みたいなものになるわけですね。遠くで見えないところで処理するというのはやっぱり近代の火葬の一つの再スタートみたいなものになるわけでしょうか。
⚫火葬場が独立するというのは、あるいは田舎の共同体が都市生活をするという、その境目はやっぱりそのへんだと思うんですね。自分がやってきたことを丸抱えで、みんなで分担してやろうというのが共同体ですね。ところが、都市というのは、それをみんなバラバラにして・・・・・・。

 

 前段が猪瀬さんで、後段が火葬場建築家の八木澤壮一さんの発言です。バラバラにして……の後は、分業による共同体意識の解体や火葬場に対する偏見といった話につながっていきます。

 職業病でしょうか。冒頭の霊柩車の話が学校の話に思えたように、火葬場の話も学校の話のように思えました。共同体意識の解体が学校現場の忙しさとリンクしているのは論を待ちません。アフリカの諺とされる「一人の子どもを育てるには一つの村がいる」を引けば、共同体意識の解体が子育てを難しくしていることは明らかです。その難しさが学校を直撃しての「倍率1倍を切る」です。

 火葬場に対する偏見という話は、数年前に起きた「南青山の児童相談所建設に反対の声」というニュースを思い出します。児童相談所に連絡を入れなければいけないような子どもって、本当にしんどい環境にいるんですよね。そういった子を、これまでに何人も見てきました。クラスにいるそういった子に対して、あいつを転校させろ、みたいなことを平気で口にしてしまう保護者にも出会ってきました。「反対の声」と同様に、そこには共同体意識も公の意識も感じられません。猪瀬直樹さんが『公』というシンプルなタイトルの本を書いたのも、バラバラになっていく日本を憂えてのことでしょう。

 

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 お墓参りは、宗教的動機のみではない。休日のレジャーは、ターミナル駅への通勤とは逆方向の終点の方角に開かれている。そこにはたいがい私鉄が経営するレジャーランドがつくられている。ターミナル駅とレジャーランドを結ぶ線路の両脇にある文化住宅で、わが中流のライフスタイルは位置づけられるのだ。

 

 冒頭の引用もそうですが、インタビューの始めと終わり、それから途中にも挿入されている猪瀬さんの解説が、造園技法でいうところの借景のような役割を果たしていて、とってもいいんです。借景があることによる、インスタ映えならぬ、インタビュー映え。本の解説を書いている夏剛さんは《ノンフィクション文学の新しい担い手 ―― 沢木耕太郎や猪瀬直樹は、むしろ「私」を如何に生かすかという問題意識を持って、伝統の限界を突破しようとした》と書いています。墓石業界の異端児こと大澤伸光さんも、猪瀬さんと同様に、伝統の限界を突破しようとしたからこそ日本凡人伝の登場人物に選ばれたのかもしれません。

 

 霊園からパークへ。

 

 大澤さんが営む会社は、小平霊園のそばにあります。もともとは大野屋石材店という名前だったものの、霊園ではなくパークを目指すという構想のもと、メモリアルアート大野屋へと社名を変えたとのこと。ちなみに小平は私の故郷です。馴染みのある固有名詞が出てくると、本の中にグッと引き込まれます。引用にある私鉄の話も、作家・猪瀬直樹のファンには馴染みがあって、これまた本の中にグッと引き込まれます。小平霊園にはバロン(男爵)杉山こと杉山孝治の墓があるな、とか、小平霊園のある小平駅は西武新宿線なので、堤義明さんだな、とか。詳しくは、猪瀬さんの『天皇の影法師』と『ミカドの肖像』をぜひ。

 話が逸れましたが、確かに小平霊園には「パーク」の要素があります。この春に実家に帰ったときにも父や母と一緒に歩きました。ただの霊園ではなく、パーク。教育に置き換えると、ただの教室ではなく、リビングルーム(オランダのイエナプラン教育より)。今も昔も、問題意識があれば、何かを変えることができるかもしれないということでしょう。

 

小平霊園(2022.3.27)

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 大澤さんの長男は墓園関係でアメリカに修業へ。次男は建設会社へ。猪瀬さんは《なるほど先を見てるなあ》と感心しながらインタビューを続けています。

 

 死を見つめつつ、生も見つめつつ。

 

 よい休日を。