田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

為末大 著『Winning Alone』より。個人商店と呼ばれる小学校の担任にお勧めの一冊。

 注意を向ける先が変われば動きは変化する。難しいのは変えたい対象そのものに注意を向けたからと言って、そこが変わるとは限らない点だ。右足を前に出したいと思っているときには、右足のことを考えるよりも右腕を引いた方が前に出る。さらには右足はみぞおちから始まっているのだと、架空の身体をイメージしそこに注意を向けた方が大きく前に足が出る。そういうことが起こるのだ。
 起こしたい動きと、それを引き出すボタンの関係性を理解するには、あちこちに注意を向けることを繰り返すしかない。
(為末大『Winning Alone』プレジデント社、2020)

 

 こんにちは。昨夜、コンビニの駐車場でクワガタを見つけました。春はあけぼの、夏は夜。興奮しているパパを尻目に「絶対に車に入れないでね」と長女。続いて「お願いだからやめてね」と次女。どうやら女子は思春期になるとクワガタの魅力がわからなくなるようです。セミの幼虫を羽化させたり、顕微鏡で土壌生物を観察したり、小学生のときに一緒にやったことはなんだったのでしょうか。「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう、ほのぼのとしていたあの頃。このクワガタはわたしのように、たくさんの過去は知らないよ。つまと、むすめと、それからわたし。みんな♀で、ひとり♂。タイヤ止めブロックの上で写真をとってからクワガタに別れを告げました。そうしてあとで、さみしくなって、気分は Losing Alone です。

 

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夏は夜。コンビニにて。

 

 夏は夜。
 梅雨の頃はさらなり。
 闇もなほ。
 クワガタ一匹さまよいたる。 

 

Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論

Winning Alone(ウィニング・アローン) 自己理解のパフォーマンス論

  • 作者:為末 大
  • 発売日: 2020/05/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 もとオリンピアンで、男子400メートルハードルのメダリストでもある為末大さんの『Winning Alone』を読みました。為末さんといえば、枕草子でいうところの《螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし》の一つ二つに当たる存在といっていいでしょうか。シドニー、アテネ、そして北京と、コーチもつけずに三度のオリンピックを一人で戦ったサムライです。花まる学習会の高濱正伸さんが一目置いている「言葉の人」でもあります。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 新刊『Winning Alone』は、2019年の1月から「私のパフォーマンス理論」というタイトルで、為末さんのオフィシャルサイト(http://tamesue.jp/)に毎週アップされていたブログをまとめたものです。個人商店と呼ばれる小学校の学級担任にも役立つ内容がたくさん書かれていて、この本の「はじめに」には《それを読んで、スポーツ以外の分野でも状況の似ている人はけっこういるのかなと思った。強いプレッシャーの下。相談する人のいない状態で、高いパフォーマンスを出さなくてはならない人たちだ》とあります。それというのはブログに寄せられた読者の感想のこと。掲載されているブログは45本。章立ては以下の4つです。

 

 PART 1「わたし」を形づくるもの
 PART 2「わたし」の心をつくるもの
 PART 3「わたし」の身体をつくるもの
 PART 4「勝利」をもたらすもの

 

日本の特徴(PART 1より)

 為末さんが陸上競技の現場で感じた日本の特徴は「継続」「マニアック」「集団情緒的」の3点だそうです。学校教育の現場とよく似ているなぁと思います。どれもプラスとマイナスの両方の面をもっています。ただし教員の「働き方」に関していえば、これらの特徴が明らかにマイナスに作用しているように思います。

 継続は力なりとか、習慣は聡明な人間においては野心の表れであるとか、新聞紙を42回折り続けると計算上月に届くとか、継続の素晴らしさを表すフレーズは枚挙にいとまがありません。学校の先生が子どもたちによく口にする言葉でもあります。だから一度はじめたことを学校は続けてしまう。手段としてはじめたことが目的になり、続けることが目的になってしまう。

 

 継続するということは、止められないということでもあり、計画し過ぎるということでもあり、変化できないということでもある。

 

 しかもマニアックであることからこだわりが強く、授業も行事も、準備のための時間は度外視で「濃く」なっていきます。さらに集団的情緒的であることから、異議を唱えたところで聞き入れられず、頑張っている空気に水を差すなとばかりに煙たがられてしまいます。別の現場の例でいえば、感染症医の岩田健太郎さんがダイヤモンド・プリンセス号から追い出された構図と同じです。

 

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 為末さんは《日本人の最大の弱みは、特徴を短所として捉える傾向が強いところだ》とも書いています。継続、マニアック、そして集団情緒的。これら3つの特徴を with コロナの時代にどううまく活かしていくのか。働き方についていえば、みんなで「業務とカリキュラムの精選」をマニアックに継続する。それがいいなぁ。

 

注意の向け方について(PART 2より)

 冒頭の引用はこの「注意の向け方について」から引っ張ってきたものです。教育現場でいうところの「AさせたいならBと言え」と似ていますよね。させたいことを直接言ってはダメという話です。例えば、低学年の児童に「もっと速く走れ」と言っても無駄です。そんなとき、為末さんは「空き缶を潰すように走ってみて」と声をかけるそうです。もっと速く走るために必要な動きは、地面を踏みつけるために「足を高く上げる」こと。その動きを引き出すボタンが「空き缶を~」という声かけというわけです。

 

 ソーシャル・ディスタンスを保ちなさい。

 

 臨時休校明け、子どもたちにそう言っても無駄のように思います。40人の子どもたちが2メートルの距離を保ったまま教室で過ごすにはどうすればいいのか。ラクダが針の穴を通るにはどうすればいいのか。Bボタン、見つかりそうにありません。

 

AさせたいならBと言え (教育新書)

AさせたいならBと言え (教育新書)

  • 作者:岩下 修
  • 発売日: 1988/12/01
  • メディア: 新書
 

 

休み方について(PART 3より)
 子どもたちの学びを止めてはいけない。臨時休校に入ってからそういった話をよく耳にします。さらに臨時休校明けは1日の授業のコマ数を増やすとか、夏休みをなくすとか、土曜授業を増やすとか、そういった話もよく耳にします。それらの話の前提にあるのは、学習は学校でしかできない、休むことに生産性はないという考え方です。まともでしょうか、いいえ、恐れです。

 

練習熱心に見えている選手でも、休んでしまうことが恐ろしいから練習をしているだけの場合がある。これは刷り込まれたただの思い込みで、人生で一度も休んだことがないから怖いのだ。まず休んでも大して実力は落ちないということを自分に納得させることでしかこの恐怖感から抜け出すことはできない。

 

 ちなみに為末さんは、小学生の練習時間は週2日、1日90分で十分と書いています。陸上の話ですが、学習も、この「十分」というラインをよく考えるべきだなぁと思います。休むことについての捉え方も然りです。

 

科学的思考(PART 4より)
 為末さんはやはり「言葉の人」で、この科学的思考についても、なるほどなぁという定義を与えています。

 

科学的思考とはシンプルに言えば、ものごとを説明しきろうとする姿勢のことだと私は考えている。

 

 なぜ銅メダルを取れたのか、なぜ金メダルが取れなかったのか。PART4では、為末さんがそれぞれについて説明しきろうとしています。成功したこと、うまくいかなかったこと。なぜ学級づくりがうまくいったのか。なぜ授業づくりがうまくいかなかったのか。言葉で説明しきろうとする姿勢は、教員にも欠かせません。反省的実践家ですからね、担任は。

 

 夏は夜。

 

 個人商店と呼ばれる小学校の担任に、以下の本と合わせて、お勧めです。 

 

 

DVD付き 為末式かけっこメソッド 子どもの足を速くする!