田舎教師ときどき都会教師

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下條信輔、為末大 著『自分を超える心とからだの使い方』より。大村はまの「学びひたり 教えひたろう 優劣のかなたで」は「ゾーン」のこと。

 このことと、なぜ、小さな子どもたちが夢中になりやすいのか、ということはつながっているような気がします。それはただ楽しいから没頭していくわけで、大人になればなるほど、善い・悪い、素晴らしい・素晴らしくない、未来がある・未来がないということが気になってきて、それで価値判断をしていきます。この分別を持ったり、意味を求めたり、例えば、浜辺で砂のお城をつくることに何の意味があるんだろうなどと思ってしまうと、砂のお城をつくることに夢中になれなくなる。
(下條信輔、為末大『自分を超える心とからだの使い方』朝日新書、2021)

 

 こんばんは。モモがフランコに「で、これからどこに行くの?」と聞くと、フランコは「遊戯の授業さ。遊び方をならうんだ」と答えて、さらにモモが「そんなのがおもしろいの?」と聞くと、今度はマリアが「そういうことは問題じゃないのよ」「それは口にしちゃいけないことなの」と答え、さらにさらにモモが「じゃ、なにがいったい問題なの?」と聞くと、最後にパオロが「将来の役に立つってことさ」と答える。モモが友達と遊んでもらえなくなるときの会話です。モモが問題にしているのは「今」であり、友達が問題にしているのは「不確かな未来」です。もちろんこれは、

 

 ミヒャエル・エンデの『モモ』の一節。

 

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 前回のブログで紹介した湯浅誠さんの『つながり続ける  こども食堂』のあとがきに、その一節が引用されていました。忘れられない一節、とのこと。続けて《こども食堂には「時間どろぼう団」に抗って「生きた時間」を取り戻そうとする場だという側面もある》と書かれています。「生きた時間」って何でしょうか。取り戻すというからには、それを定義し、理解する必要があります。「生きた時間」をどう理解するか。少し濃く言い換えると、

 

「ゾーン」をどう理解するか?

 

 

 カリフォルニア大学工科大学教授の下條信輔さんと、400mハードル日本記録保持者の為末大さんの共著『自分を超える心とからだの使い方 ゾーンとモチベーションの脳科学』を読みました。自身3度の語るに足るゾーン体験(最高と思えるレース)をもつというトップ・アスリートが、心理学と神経科学を専門とする認知心理学者に「心を奪われること:遊び、夢中、ゾーン」というテーマを提案し、二人であーでもない、こーでもないと夢中になって語り尽くすという内容です。本の帯にはこうあります。

 

「ゾーン」をどう理解するか?

  

 こうした僕自身の経験やトップアスリートから聞いた話からゾーンについての仮説を話したいと思います。おそらく重要なのは、無我夢中には「他者の視点がない」ということだと思うんです。ここで強調したいのは他者の視点があるのだけれど、それに頓着しない状態に入れることが大事だということです。他者がそもそもいない観客不在の状態ではゾーンに入れないと僕は思います。

 

 為末さんの仮説です。他者は必要。しかしゾーンに入るには「他者の視点」を感じなくなるくらいに意識を変性させなければいけない。なるほど、です。おもしろい。下條さんも「なるほど」と思ったようで、為末さんの「他者の視点」仮説に対して《人間の脳は、もともと社会的な刺激に対して調節されているという考えが今、有力です》と応え、賛意を表しています。

 

 なんだかそれって男女の営みみたいだなぁ。

 

 あっ、教育的な喩えではないので言い直します。なんだかそれって大村はまさんの「優劣のかなたに」みたいだなぁ。

 

 教師も子どもも
 優劣の中であえいでいる。

 学びひたり
 教えひたろう
 優劣のかなたで。

 

 この喩えは我ながらばっちりです。「優劣のかなた」は他者の視点に頓着しない状態で、「ひたる」は「ゾーン」です。あえいでいるのは男女の営みだから、ではなく、周りの目が気になるから。他者の視点から自由になるのは難しい。でも、

 

 学びひたるには他者が必要。
 ゾーンに入るにも他者が必要。

 

 教育界のレジェンドも、陸上界のレジェンドも、同じ気付きを得ているというわけです。他者がいるからこそ無我夢中になれるという理解。この理解は、こども食堂の「生きた時間」の理解にもつながります。多世代交流拠点としてのこども食堂に他者がいなかったら、そもそも成り立ちませんから。ちなみに「ひたる」や「ゾーン」とほとんど同じ意味で使われる、心理学の「フロー」の特徴(あるいは要件)については、心理学者のチクセントミハイの著書をもとに、下條さんが次のように整理しています。

 

(1)チャレンジングな課題
(2)注意の極度の集中
(3)時間の変容
(4)没入、遠隔存在(関係ない刺激の無視)
(5)大きな快

 

 没入、遠隔存在というのは「他者の視点」と同義でしょうか。最高の授業というものがあったとすれば、それはおそらく(1)~(5)の特徴を満たした45分のように思います。ちなみに、下條さんは「一番大事なこと」として、

 

 大きな快、を挙げます。

 

 モモが「そんなのがおもしろいの?」と聞くのは、未来を問題にした行動には、この「快」が失われているからに他なりません。大きな快は、常に「今」存在している。男女の~、ではなく、為末さんの「ゾーン」理解でいえば、

 

自分の行為自体になっていくという世界です。


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 眠る哲学。目を閉じれば、自分の行為自体になっていくという世界は、もうすぐそこです。

 

 持ち帰り仕事のかなたで、眠りひたろう。

 

 おやすみなさい。