田舎教師ときどき都会教師

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中原淳 著『話し合いの作法』より。言葉が軽視され、論理で考えられない社会を変えていくために。

これからの社会を、「言葉と論理が重視される世界」に変えるためには、話し合いの力が不可欠だ。それが本当の民主主義の実現であり、未来の日本を豊かにする有力な方法である。
(中原淳『話し合いの作法』PHPビジネス新書、2022)

 

 こんにちは。昨夕、未来の日本を豊かにするべく、2学期の総合的な学習の時間について大学の先生と話し合いをしてきました。場所を変えた方がコミュニケーションの質が高まるという経験則と、中原淳さんの《対話とは「非日常の特異なコミュニケーション」である》という教えをもとに、

 

 いざ、鎌倉へ。

 

大学にて、話し合い(2022.9.3)

 

酔り道して、さらに話し合い

 

 まぁ、鎌倉ではないのですが、教室や職員室という日常よりも、大学や居酒屋という非日常の方が会話が弾むのは確かです。あまりにも弾みすぎて、気がついたら夜になっていました。時間がかかったとはいえ、事前に中原さんの『話し合いの作法』を読み終えていたので、対話だけでなく、決断のフェーズもばっちりで、イメージを共有しつつ、日程レベルまで話を落とし込むことができました。他者理解をテーマにした大学生と小学生のコラボ単元、

 

 楽しみだなぁ。

 

 

 中原淳さんの新刊『話し合いの作法』を読みました。子どもたちに「学び多き人生」を送ってもらうためにも、そして「言葉と論理が重視される世界」を手繰り寄せるためにも、教育に携わっている方々にはぜひ手にとってほしい一冊です。

 

 

 目次は以下。

 

 はじめに
 第1章 話し合いが苦手な国、ニッポン
 第2章  「話し合い=対話+決断」
 第3章 対話の作法
 第4章 決断の作法
 第5章  「話し合い」にあふれた社会へ
 おわりに

 目次からわかるように、話し合いは「対話」と「決断」という2つのフェーズから成るというのが中原さんの見立てです。そしてこの「話し合い」を日本人は苦手としていて、おそらくその苦手意識は教育現場から始まっているのではないかというのも中原さんの見立てです。はじめにのところで、大村はまさんの次の言葉を引いていることがその証左でしょう。

 

 話し合いは、悪い癖がついてしまいますと、まず直すことは不可能です。

 

 企業の「話し合い」が危機に瀕しているのは教育現場のせいなのではないか。小中学校の段階で「悪い癖」がついているのではないか。モリ・カケ・サクラや安倍元首相の国葬の例を出すまでもなく、これまでの社会が「言葉と論理が軽視される世界」だったのは義務教育に携わっている教員が「話し合いの作法」を身につけていなかったからではないか。夏休みの宿題として出される読書感想文の書き方と同様に、話し合いについても何も教えてこなかったからではないか。とはいえ、勤務時間内に確保されている授業準備の時間が1コマ5分(司法判断)では、教えようにも教えられないのではないか。長時間労働を減らすことこそが、「話し合い」にあふれた社会を実現するための、すなわち本当の民主主義を実現するにあたっての一丁目一番地の課題ではないか。そんなふうに中原さんは思っているのではないか、というのが「私の見立て」です。

 ちなみに中原さんは「話し合い」を《人々が、ともに生きる他者と対話を行いながら、自分たちの未来を自分たちで決めていく(自己決定・決断していく)コミュニケーション》と定義しています。

 

 結局、他者。やっぱり、話し合い。

 

 第1章の「話し合いが苦手な国、ニッポン」では、日本人が「話し合い」を苦手とする理由、及びこれからの社会で「話し合い」の必要性がより高まる理由がそれぞれ3つずつ語られています。話し合いを苦手とする3つの理由が「私の見立て」をより確かにします。

 

 ① 同質性の高い集団
 ② 子どもの頃から、ダメな話し合いを積み重ねている
 ③ 正解主義に陥っている

 

 全て学校教育に当てはまります。やはりボトルネックは学校教育(と長時間労働)でしょう。別の見方・考え方を働かせれば、やり甲斐があるということ。教育によって社会を変えることができるかもしれないということです。

 

 

 では、どうすればいいのか。

 

 第3章と第4章に話し合いの作法、すなわち対話の作法と決断の作法を身につけるためのポイントが載っています。対話については8つの要素が、決断について5つのルールが載っていて、これがまた全部紹介したいくらいに「さすがは大人の学びを科学する中原さん」なんです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 以下、対話の要素と決断のルールをそれぞれ1つだけ紹介します。まずは対話の要素について。

 

 しかし、私は、ファシリテーターにとって重要な役割は、ファシリテーションもありますが、「問いの設定」であると考えています。
 つまり、「みんながグッと考えさせられる問い(Driving question:駆り立てる問い)」をつくることこそが、ファシリテーターにとって最も重要なことであると思うのです。

 

 対話の要素①として紹介されている「対話とは『ケリのついていないテーマ』のもとでの話し合いである」より。ファシリテーターは「教員」と置き換えてOKです。子どもたちに「対話」を促そうと思ったら、担任発のそれであれ子ども発のそれであれ、やはり「問い」が大切だということです。引用の冒頭に《しかし》とあるのは、類書ではファシリテーターの一番の役割を「対話の交通整理」としていることが多いということを指しての《しかし》です。交通整理も大事。でもその前に、まずはその場にいる一人ひとりの「私」を「フォーカスされた問い」によって自走させることが大事ということ。自走しなければ、交通整理もクソもありませんから。だからこそ開いた問い、解像度を上げる問い、自己と関連させる問いに親和的な「ケリのついていないテーマ」が必要不可欠になるということです。

 

 続いて、決断のルール。

 

 決め方のルール、最後のポイントは「『どのように決めるか』を決める」ことです。
 先ほど、安易に多数決に逃げるなと言いました。世の中には、多数決以外の決め方がたくさんあります。 

 

 決断のルール⑤として紹介されている「『どのように決めるか』を決める」より。実社会には「正解」はないということを前提として、ここでは「納得解」を得るための決め方を5つ学ぶことができます。多数決ばかりとっている教員にとっては、すぐにでも知りたいルールなのではないでしょうか。

 

 評価で決める。

 

 これは中原さん(大学教授)がゼミのメンバーを決めるときに採用している方法だそうです。具体的には《「自主性」「協調性」「創造性」など3つの基準について、各人が、新規参入メンバーに質問し、5段階評定を行うのです》とあります。各人というのは、すでに中原さんのゼミに所属しているゼミ生のことです。ゼミ生全員で行い、合計点の高い人がゼミ生として迎え入れられるとのこと。人物評価や新商品のデザイン選定をするときなどにしばしば使われる方法だそうです。他者理解の力が問われる方法だなと思い、2学期の総合の単元でコラボする大学のゼミ生にも、どうやって決まったのか聞いてみたくなりました。その他の決め方については、読書ブログの作法に則り、秘密です。

 

 答えは本の中に。

 

 納得?