田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

辻仁成 著『ミラクル』より。身の丈ではなく「強み」が大事。未来にはミノタケよりもミラクルを。

 子供の頃はあったのに、大人になると無くなってしまうものがたくさんある。それらを幾つ無くしたかで、人はどれほど大人になれたかを計るようだ。僕も今日までに無数の輝きを失ってきた。落としたものもあれば、わざと放置したものもある、切り捨てたものもあれば、置き去りにしたものもある、自分からすすんでそうしたものもあったし、不可抗力としてそうせざるを得なかったものもあった。しかしともかく、僕にかんして言えば、そうやって大人になってきたのだ。
(辻 仁成『ミラクル』新潮文庫、1997)

 

 こんばんは。昨日、保育園のときのパパ友&ママ友とランチをしてきました。パパ友の一人は売れっ子の絵本作家さんです。

 アラフォーの絵本作家さんは、平日にフットサルやゲームを楽しみつつ、もちろん子育てにも力を発揮しつつ、かつ、出版の世界において、個人としては日本で一二を争うほどの数の作品を毎年のように出している、生き方も働き方も眩しすぎる大人です。

 

 曰く「アイデアがどんどん湧いてくるから、量で勝負している」。

 

 曰く「そこが僕の強み」。

 

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ネッカーの立方体

 

 以前、都会教師として、5年生の担任をしていたときの算数の授業の話。

 

 直方体や立方体の体積を学ぶ単元で、子どもたちにネッカーの立方体を紹介しました。エッシャーの騙し絵などに使われている、有名な錯視の立方体です。

 ネッカーの立方体が描かれたプリントを配布すると、子どもたちから「動いた!」、「本当だ!」、「えっ、わからない!」、「じっと見ていればわかるよ!」などの声が上がり、教室は予想外の賑やかさに。児童期特有のリアクションに「素直な驚きだなぁ」と心が緩みました。数日前にグループで協力して1㎥の立方体を作ったときも、算数的な感想に加えて「みんなで協力して作ることができました!」なんて道徳的な感想を口にする子がたくさんいて、これまた「児童期」特有の素直なリフレクションに心が緩んだことを思い出します。

 

 児童期から青年期へ。      

 

「本当の形(姿)がわからなくなっちゃう!」とは、ネッカーの立方体(プリント)を手にしたときのある児童のつぶやきです。児童期と青年期の端境期に当たるとされる5年生。子どもたちの素直さに心あたたまりつつ、何だか深いつぶやきだなぁ、と思わずメモを取ったことを覚えています。

 

 思春期のトンネルに入り、変わり始める子どもたち。

 

 トンネルの中で、例え本当の形(姿)がわからなくなったとしても、辻仁成さんいうところの「無数の輝き」の一つに当たるであろう素直さは、いくつになっても失わないでほしいものです。

 

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保育園の最後の運動会、あれからもう9年(2010.10.17)

 

 保育園時代のパパ友&ママ友の子どもたちも、我が子も、あと数ヶ月で高校生になります。あっという間に過ぎていった義務教育の9年間。書籍を例にあげれば、絵本から児童書へ、そして最近では新書を読むようになるなど、手にする本が大人びていくたびに成長を感じた9年間でした。

 一方、素直さを含めて、無数の輝きが失われてしまったことも事実で、そのことに関しては寂しい限りです。『ミラクル』にあるように、そうやって大人になっていくのだなって、納得するしかありません。

 

 自分の強みを見つけること。

 

 パパ友の絵本作家さんが、最後に「やっぱり、自分の強みを見つけることかな」と話していました。算数の授業における子どものつぶやきでいうところの「本当の形(姿)を見つけること」、すなわち「自分らしさを発揮できる場所を見つけること」。そのことが、子どもたちの高校生以降の課題なのだろうなと思います。

 

 教員の仕事を、我が子に勧められないという悲しさ。

 

 強みを見つけ、強みを武器にして生きている絵本作家さんの自由なライフスタイルと、私を含め、過労死レベルで働かざるを得ない教員のライフスタイルを比べると、文部科学大臣が言うところの「身の丈」ではなく、自分の強みを見つけることの大切さがよくわかります。

 身の丈に合った勝負では、自分の強みを見つけることはできません。強みは、背伸びをしたり、しゃがんだりジャンプしたりしてこそ見つかります。身の丈に合った勝負ばかりしていたら、エッシャーの騙し絵の如く、自分の人生を騙して生きることになります。

 そうならないためにも、子どもたちには、身の丈に合わせるのではなく《ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい》(『未来のだるまちゃんへ』より)と思います。絵本作家の大御所、かこさとしさんが、生前、そう話していたように。

 

 ミノタケではなく、ミラクルを。

 

 子どもたちの未来に。

 
 

ミラクル (新潮文庫)

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未来のだるまちゃんへ (文春文庫)

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