このハトはリョコウバト(PASSENGER PIGEON)と呼ばれ、19世紀の北アメリカだけでも、何百億羽という数で棲息していたという。絶滅して、今その姿を見ることはできない。美しく大きかっただけでなく、その肉は脂がのって柔らかく非常に美味であったことが、ハトにとって禍いした。初期は珍しがられて高値を呼び、人は争ってこの鳥を殺した。
~中略~。
ジョン・ジェイムズ・オーデュポンが描き残してくれた大冊の画集『ザ・バース・オブ・アメリカ』の中の一枚に、一番のリョコウバトの美しい姿がある。
西日の射す窓辺の、私の机の上に開かれたページの、水彩の色も褪めかけた淡淡とした鳥の姿に、私は今見惚れて飽くことがない。
(稲見一良『ダック・コール』ハヤカワ文庫、1994)
おはようございます。今日はレイ・ブラッドベリの『刺青の男』をモチーフにした、稲見一良さんの連作短編集『ダック・コール』より。
「ダック・コールを読んだことはありますか?」
鴨笛を意味するタイトルを冠した『ダック・コール』を読んだのは、今から7年前。土曜参観日の道徳の授業(自然愛と環境保全/6年生)の後に、労いの言葉に続けて「ダック・コールを読んだことはありますか?」と保護者(♂)から声をかけられたことがきっかけです。環境保全の仕事を生業としていた素敵なパパさん。授業に対するフィードバックは嬉しいもので、休み明けに早速お借りして、ワクワクしながら読んだことを覚えています。
リョコウバトのことが出ている!
連作の第2話「パッセンジャー」に、道徳の授業のときに取り上げた「リョコウバト」のことが出ていました。だから勧めてくれたんだ、と驚きつつ読み進めていくと、今度は「ジョン・ジェイムズ・オーデュボン」という名前が出てきて、二度びっくり。オーデュボンといえば、もちろん『オーデュボンの祈り』。言わずと知れた、小説家の伊坂幸太郎さんのデビュー作です。
気になって、読み返してみました。
「誰も止められない、ということだ」
「何をだよ」
「悲しい結末に向かうことをだ」
もしかしたら『ダック・コール』からヒントを得たのかもしれません。伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』にも、タイトルを裏切ることなくリョコウバトにまつわるエピソードが出てきます。
そういえば読んだなぁ、これ。
以前に読んだことがあったのに、タイトルだけはしっかりと覚えているのに、内容もリョコウバトのこともすっかり忘れていて、三度目のびっくり。記憶が消える、悲しい結末。でも、思い出したからよしとします。登場人物曰く「リョウコウバトが消える結末は、誰にも止められなかったんだ」云々。
稲見一良さんの『ダック・コール』は、過去に山本周五郎賞(第4回)を受賞していて、伊坂幸太郎さんも『ゴールデンスランバー』で同賞(第21回)を受賞しています。山本周五郎といえば、NHKの大河ドラマにもなった『樅ノ木は残った』がいちばん有名でしょうか。同著にゆかりのある樅ノ木は、宮城県の柴田町にある船岡城址公園に行くと、まだ目にすることができます。
樅ノ木は残った、でもリョコウバトは残らなかった。
台風や大雨の影響で、河川が氾濫し、関東や東北のあちらこちらで大変なことになっているここ数日。過労死レベルで働いていると、余裕のなさがそうさせるのか、ニュースを見ても「対岸の火事」としてしかとらえることができません。きっと、教員の過労死も、過労死レベルの労働も、変形労働時間制の導入も、教員以外の人たちにとっては「対岸の火事」なのだろうなと、ブーメランのように返ってくる同じ構造に、やるせなさを覚えます。
教育学部の志願者が消える結末は、誰にも止められなかったんだ。
教員を希望する人が消える結末も、誰にも止められなかったんだ。
日曜日の今日も(持ち帰り)仕事です。普通の生活がしたいという、現職教員の祈り、
届くでしょうか。