あらためて確認すると、ここでいう社会設計の目標は、社会の存続と両立しないような幸せ観の、背景にある感情や感覚の枠組を、社会環境を通じて取り除いていくことです。「他人の不幸せと無関係に成り立つ自分の幸せがあるという感覚」や「他人の理解や承認と無関係な尊厳のあり方」を生じにくくすることです。
むろん、そうした幸せ観が個別に存在するのは仕方ありません。でも、そうした幸せ観が一般化したら社会は存続できません。
(宮台真司『日本の難点』幻冬舎新書、2009)
こんばんは。昨夜、マル激トーク・オン・ディマンド 第1019回「だから安倍・管路線では日本は幸せになれない」(2020年10月17日)を観ていたら、司会の神保哲生さんが「先生や親御さんにマル激を観てもらって、それで話してもらえばいい」と言っている場面があって、
観てますよ!
そう言いたくなりました。このままでは日本は幸せになれないということを、万人が経験する小中高という教育の場で、先生が話す。マル激を観て、その理由を話す。そして道徳に限らず、マスメディアが報じないような問題(不都合な真実)、すなわち社会学者の宮台真司さんいうところの「数値的に盛れないデータ」(誤魔化せないデータ)について、考え、議論する。例えば、なぜ25年間継続して実質賃金が下がっているのか。なぜ在宅死者のうち4人に1人+ α が孤独死なのか。なぜ家族の葬式を出さない人が多数派になりつつあるのか、等々。そういったことを「先生や親御さんにマル激を観てもらって、それで話してもらえばいい」。でも、教員生活約20年、マル激を観ているという先生に出会ったことないなぁ。
だからこのままでは日本は幸せになれない。
今回のマル激のゲストだった橋本健二さん(早稲田大学人間科学学術院教授)が、東京近郊に住む約5600人を対象に行ったという、次のような質問も、小中高という教育の場で考え、議論できたらおもしろいなぁと思います。橋本さん曰く「経済格差の拡大が人々の政治的スタンスにどのような影響を及ぼしているかを分析するために行った」という質問(以下、抜粋)です。
①貧困になったのはその人が努力しなかったからだと思うか
②政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきと思うか
③沖縄に米軍基地が集中していても仕方がないと思うか
④日本国憲法を改正して軍隊をもつことができるようにすべきと思うか
⑤戦争は人間の本能によるものだからなくすことはできないと思うか
⑥同性愛は好ましいことではないと思うか
①は「勉強ができないのはその人が努力しなかったからだと思うか」、②は「先生は勉強のできる人を放っておいてでも、勉強ができない人への手立てを充実させるべきと思うか」と言い換えれば、小学5、6年生くらいでも「考え、議論する」ことができるし、③~⑥は社会や道徳、保健の授業でそのまま使ってもいいような気がします。もちろん道徳でいうところの「揺さぶり」をかけるような資料等を準備することが前提です。議論する前に「家族にも聞いてみよう」といった宿題を出せば、保護者も巻き込むことができるでしょう。難しい話ではなく、スウェーデンの小学校社会科の教科書であれば「普通」レベルの話です。
ちなみに橋本さんの調査によると、(上記に挙げた例と一部異なりますが)以下のような結果になったそうです。いちばん左に書かれている「クラスター1 新自由主義右翼」の「貧困になったのは努力しなかったからだ 64.5%」や「沖縄に米軍基地が集中しても仕方がない 85.2%」などの数値を見ると、何だかなぁと思います。努力できるかどうかは「家庭環境」に因るところが大きいし、仕方がないなんてこともないと私は感じているからです。
冒頭の引用につなげると、「貧困になったのは努力しなかったからだ」や「沖縄に米軍基地が集中しても仕方がない」と考えてしまう大人の幸せ観が一般化したら、そしてそのような大人の考えが政治に大きな影響を与えるようになったら、社会は存続できないということになります。だからこそ、万人が経験する小中高という教育の場で、政治的課題や社会問題について考え、議論し、「他人の不幸せと無関係に成り立つ自分の幸せがあるという感覚」や「他人の理解や承認と無関係な尊厳のあり方」を生じにくくする必要があります。とはいえ、義務教育段階でそのようなことが議論される場面はほとんどなく、それもまた「日本の難点」のひとつなのかもしれません。橋本さんによると「クラスター3のリベラル」は「支持政党なし」で投票に行かない人が多いそうだし。嗚呼。
冒頭の引用は、宮台真司さんの『日本の難点』の第三章「『幸福』とは、どういうことなのか」 に出てくる文章です。この本の構成は以下の通り。
第一章 人間関係はどうなるのか/コミュニケーション論・メディア論
第二章 教育をどうするのか/若者論・教育論
第三章 「幸福」とは、どういうことなのか/幸福論
第四章 アメリカはどうなっているのか/米国論
第五章 日本をどうするのか/日本論
2009年に出された本ですが、日本の難点はまだまだ続いているようで、10年以上経った今でも「目から鱗」の記述にたくさん出会えます。例えば第二章にある以下の記述なんて、章タイトルの「教育をどうするか」という答えのヒントとして普遍性をもっているのではないでしょうか。
関係性の履歴がなければ、「お前が死んだら悲しい」「嘘つけ!」で終了。実は日本の自殺率が先進国最悪で、イギリスの倍に及ぶ理由も、ここから理解できます。「お前が死んだら悲しい」「嘘つけ!」で終了するような関係性が蔓延しているのです。これが「社会的包摂の空洞化」なのです。
読書の秋。橋本健二さんの本と合わせて、是非。
おやすみなさい。