田舎教師ときどき都会教師

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重松清 著『まゆみのマーチ』より。失われた風景を取り戻すために、昔のわたしに会う。

 わかった。わたしがこの町でいちばん会いたかったのは、昔のわたしだったんだ、と思った。だいじょうぶ。ちゃんといた。マチコさんがこの町で暮らしたことの証は、ここに残っていた。
(重松清『まゆみのマーチ 自選短編集・女子編』新潮文庫、2011)

 

 こんばんは。今日は運動会の振替休日でした。土曜授業のときも月曜日を休みにしてくれればいいのに、と思います。そうすれば、子どもも担任もリフレッシュすることができて、教室に「学校が好き、好き、好き、勉強が好き、好っき!」という歌が響き渡るかもしれません。

 

 歌?

 

 これは『悟空の大冒険』というテレビアニメに使われていた歌だそうです。この歌が元になって「まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき!」という替え歌が誕生したとのこと。重松清さんの自選短編集・女子編に出てくる「まゆみのマーチ」にそう書かれています。

 

 

 重松清さんの『まゆみのマーチ』を読みました。著者本人による自選短編集・女子編です。初版は東日本大震災のあった2011年。男子編の『卒業ホームラン』と合わせて、曰く《自分なりの震災とのかかわり方を考えたすえの刊行》とのこと。目次は以下。最後の「また次の春へ ――おまじない」だけは、男子編の「また次の春へ ――トン汁」と同様に《震災そのものを遠景に置いた》単行本・文庫未収録作品です。

 

 まゆみのマーチ
 ワニとハブとひょうたん池で
 セッちゃん
 カーネーション
 かさぶたまぶた
 また次の春へ ――おまじない

 

 表題作の「まゆみのマーチ」は、学校に行けなくなってしまったまゆみを、母親が「まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき!」と歌って励まし続ける話です。続く「ワニとハブとひょうたん池で」と「セッちゃん」はいじめの話。不登校、いじめ、いじめって、男子編の『卒業ホームラン』と比べると、

 

 重い。

 

 そう思っていたところに「カーネーション」というオムニバス形式のほんわかする話が出てきて、ホッ。ネタバレになりますが、ラストの《裕子は〈ははの日〉の最初の〈は〉の斜め上に〇をつけた。ペンを受け取った俊輔も同じように「ぼーくも、マルッ」と、下の〈は〉に〇をつける。》という場面、泣けます。

 

〈ぱぱの日おめでとう〉

 

 聞いたか、長女&次女(!)って、高校生の長女も中学生の次女もまだまだ思春期のトンネルの真っ只中にいてパパはしんどい。続く「かさぶたまぶた」はそんな父親のしんどさをテーマにしていて、男子編の表題作「卒業ホームラン」と同様に、そうだよなって共感しきりでした。そして最後の一編。これがまたいいんです。

 

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 冒頭に引用した「また次の春へ ――おまじない」の舞台は、主人公のマチコさんがかつて1年間だけ暮らした海辺の町です。当時は小学4年生。大きな漁港があって、朝から晩まで、町のどこにいてもウミネコの鳴き声が聞こえていたとのこと。私の初任校があった東北の町も、ウミネコの鳴き声がよく聞こえました。

 

 パートタイムの仕事のスケジュールをやり繰りして、五月の大型連休明けにようやく二泊三日の時間をつくった。

 

 もしかしたら同じ町かもしれないって思いながら読んでいたら、マチコさん、私と同じように震災後の5月に現地に足を運ぶんです。曰く《結婚をして二十四年、一人きりで泊まりがけの旅行をするのは、これが初めてのことだった》云々。なんのために、という答えは見つからないまま、マチコさんは北へ向かいます。

 

 港に近い地区は、一面の焼け野原になっていた。津波で建物が根こそぎさらわれたあと、火災が発生して、三日三晩燃え続けたのだという。

 

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一面の焼け野原(2011.5.1)

 

 風景のもつ力でしょうか。どんなに変わり果てた姿になっていようと、思い出すんですよね、現地に足を運ぶと。昔の自分を。マチコさんも思い出します。修了式まであまり間のない、お別れの日が迫っていた頃、高台の公園で、クラスでいちばんの仲良しだったケイコちゃんにオリジナルのおまじないを教えたことを。

 

 ブランコが二台。二人並んで、前後に振るタイミングが交互になるように立ち漕ぎしながら、勢いをつけていく。三十回漕いでから、おまじないを始める。自分のブランコが前に出たときに相手の名前を呼ぶ。それを十回。次に、いつ会いたいかを、同じように十回。そのときに隣にいる相手の顔を見てはいけない。まっすぐに前を向いて、ブランコが後ろに戻る前に早口に言わなければならない。

 

 結局、当時のクラスメイトと再会することはなかったマチコさんですが、その懐かしい公園で、昔のわたしとの再会を果たします。小学生の女の子が二人、「あ、ラッキー、空いてる」って歓声を上げてブランコに乗って、なんと、あのおまじないを口にするんです。《マチコさんがこの町で暮らしたことの証》です。

 

「あれ、おばちゃん、泣いてるの?」

 

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「先生がいなくなっても、田んぼはずっと残りますね。」

 

 十数年前、海辺の町を去るときに、同僚のママ先生にそう言われました。5年生の子どもたちと一緒に、校庭に田んぼをつくったんですよね。たった3年でしたが、この町で暮らしたことの証がずっと残るっていうことの価値に気付かせてもらって、嬉しかったな。結局、震災によって田んぼは失われてしまうのですが、だからこそ「また次の春へ ――おまじない」に描かれている「祈り」が沁みます。

 

 失われた風景を取り戻すために。 

 

 おやすみなさい。