田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

猪瀬直樹 著『土地の神話』より。コロナ禍なのに、なぜ満員電車に乗って通勤しているのか。私たちの自画像に迫る。

 ロンドンと東京、二つの大都市にそれぞれ田園都市が生まれ、歴史を刻みながら成長をつづけた。レッチワースの第一田園都市株式会社の実務家たちはハワードに冷淡だったが、そのプランを葬り去ることはできなかった。あらためて思想とは強靱なものだと思う。創始者の受難は洋の東西を問わない。五島慶太もプランナーであった渋沢秀雄を締め出したのだから。ただ日本の場合は、思想として都市計画に影響を残したというより彩りを添えたにとどまったのだ。
(猪瀬直樹『土地の神話』小学館、2013)

 

 こんばんは。短い冬休みを挟んで、今日からまた満員電車を乗り継ぐ毎日が始まりました。1都3県に発令されるという緊急事態宣言の予告も何のその、行きも帰りも「人、人、人」です。こういった《満員電車に乗って通勤するという》、コロナ禍の今となっては葬り去りたくなるような《日本特殊のライフスタイル》は、いつ、どうやってできあがったのか。なぜ、今日も明日も明後日も、もしかしたら来年の今日も、感染に脅えながら満員電車に乗らなければいけないのか。

 

 『土地の神話』で描こうとしたのは、現代に暮らす僕たちの自画像である。

 

 なぜに対する答えが『土地の神話』に書かれています。仕事始めの今日。日本特殊のライフスタイルにどっぷりと浸かったまま《現代に暮らす僕たちの自画像》と対面することができるなんて、具体的には五島慶太がかかわった鉄道の上で猪瀬直樹さんの『土地の神話』を読むことができるなんて、ラッキーです。幸先よし。渋沢秀雄と五島慶太の「夢の跡」に生きているんだなって実感できたし、先週読み終わった『ミカドの肖像』に続いて自画像の解像度が上がったし、やはり幸先がよい。

 

 あらためて猪瀬さんの作品は強靱なものだと思う。

 

土地の神話 (小学館文庫)

土地の神話 (小学館文庫)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2013/02/06
  • メディア: 文庫
 

 

 猪瀬直樹さんの『土地の神話』を読みました。 大部の傑作『ミカドの肖像』に続く、シリーズ「ミカド三部作」の二作目です。三作目は『欲望のメデイア』で、東浩紀さんが解説を書いているというのだから、これもまた早く読みたい。ちなみに『土地の神話』の解説は建築家の藤森照信さん(東京大学名誉教授)が担当していて、目次のラストを飾っているそのタイトルが言い得て妙です。

 

 学問のように調べ、小説のように書くひと。

 

 猪瀬さんのことです。まさにその通り。学問のように調べ、小説のように書かれた『土地の神話』の目次は、以下。


 プロローグ
 第1章 田園都市という名のユートピア  
 第2章 不動産業の原型をつくった男
 第3章 理想と現実のコントラスト
 終 章 聖なる森の物語
 あとがき
 小学館文庫版刊行にあたって
 参考文献
 解説 学問のように調べ、小説のように書くひと 藤森照信

 

 プロローグに続く第1章の中心人物は、渋沢栄一の四男である渋沢秀雄(1892-1984)。第2章の中心人物は、『ミカドの肖像』に登場する堤康次郎のライバルとして知られる五島慶太(1882-1959)。そして第3章の中心人物は、近代都市計画の祖として知られ、欧米では『明日の田園都市  Garden Cities of Toーmorrow』の著者として盛名を馳せていたというエベネザー・ハワード(1850-1928)です。小学生にもわかるように、神話の流れをざっくりと要約すると、「ハワードがつき、秀雄がこねし田園都市、動いて喰らうは五島慶太」となります。たぶん。

 

 プロローグ。

 

 プロローグには、ハワードがロンドンの郊外につくりはじめたレッチワースという名の田園都市に、当時27歳だった渋沢秀雄が視察に訪れる場面が描かれています。あの時代にその若さで視察旅行だなんて、日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一の息子さんだけのことはあります。猪瀬さん曰く《お坊ちゃんの思いつき、という側面を見落とさないほうがよい。その長所が出た部分こそ欧米視察であった。父親にせがんだ結果、一万五千円の費用を引き出すことに成功したからである》云々。現代の物価で換算すれば、およそ1億5000万円とのこと。私もそうですが、お金はありませんが、

 

 パパって、甘いなぁ。

 

「完成すれば生活の源泉たる工場を中心に、町民の日常生活は精神的にも物質的にも、自給自足のできる街に成長する。それが田園都市なのである」

 

 レッチワースの出発点にあるハワードの思想です。街づくりと学級づくりはちょっと似ていて、例えば「自給自足のできる街」は「自学自習のできる学級」と同じだなと思ったりします。

 

 思想って、大事。

 

 初任の先生がベテランの先生の真似をしてもうまくいかないのは、学級の形に目がいってしまって、バックグラウンドにある思想に考えが及ばないから。父親の威光で田園都市株式会社に入社し、取締役に就任した渋沢秀雄も、初任の先生と同じような間違いをします。猪瀬さん曰く《こうした高額の旅行費用をかけて秀雄が見てきたのは、街並みであった。思想ではなく外見である》云々。

 

二代目のお坊ちゃんらしい素直さで、旅先で心象に焼き付けた風景をそのまま移植して田園調布をつくった。

 

 東京都大田区にある田園調布のことです。街並みだけを移植し、思想を移植しなかった結果、どうなったか。今に目を向けるとわかります。

 

 結果はどうであったか。確かに美しい街並みは残った。だが「天然と文明、田園と都市の共存」は、あきらかに崩壊している。レッチワースに代表されるロンドン近郊の田園都市は、農業地域をグリーンベルトとして周縁に配置していた。そのため緑の海のなかに都市という島がカプセルに包まれたように浮かぶ。大東京のベッドタウンとしての田園調布は、無秩序な住宅地に包囲されてしまった。

 

 思想という根がなかったために、渋沢秀雄がつくった田園調布は、理想としていた田園都市の名に値しないものになってしまった。彼が務めていた田園都市株式会社という企業の名も耳にしなくなってしまった。代わりに私たちが知っているのは《東急グループという巨大なコングロマリット》である。

 

 ターニングポイントは天災と人災と強盗の襲来。

 

 言い換えると関東大震災と復興局疑獄(土地買収にからむ贈収賄事件)と五島慶太の襲来です。第2章に詳しく書かれていますが、田園都市株式会社の豊富な資金とお坊ちゃんの甘さに目を付けた五島慶太が、田園都市株式会社を呑み込み、鉄道事業と不動産業を強引に組み込みつつ《巨大なコングロマリット》をつくっていく流れは圧巻です。目的のためなら手段は選ばないといった感じ。満員電車に乗って通勤するというライフスタイルはこの強引さから生まれたんだな、とはいえ、学級づくりの参考になるところもあるなって、圧倒されつつも、そう思いました。例えば次の下り。

 

 五島は鉄道事業が点と線の確保ではなく、面の開発でメリットを生む不動産業なのだとひそかに確信をいだいていた。点と線には高圧線があればよいが、面には毛細血管がはりめぐらされていなければならない。

 

 学級でいえば、毛細血管にあたるのは子どもたち同士のコミュニケーションでしょうか。点に当たる「個に応じた指導」をがんばったところで、限界がありますよ、という話。五島慶太に倣って、学級づくりは「面」でやっていなかければならない。そのためにもコミュニケーションの分厚い束を教室につくっていく必要がある。

 

 戻ります。

 

 第1章でハワードから渋沢秀雄へ、第2章で渋沢秀雄から五島慶太へと渡った神話のバトンは、第3章でまたハワードに戻ってきます。そしてその第3章には、こんな「問い」が出てきます。

 

 なぜ「庭園都市」でなく「田園都市」なのか。ガーデンなら田園でなく庭園でもよいのではないか。

 

 さすが猪瀬さんです。問いがことごとくおもしろい。しかも《こうした問いを積み重ねていくうち、しだいにハワードと、あの薪を背負って本を読む銅像で知られる二宮尊徳が重ねられてきた》と続くのですから、いよいよもっておもしろい。

 

 

  二宮尊徳を経由して、猪瀬さんは《レッチワースのような執拗な粘り腰が日本で育たなかった理由》を探究していきます。田園調布と違って、ハワードの思想が埋め込まれたレッチワースは不動産業の魔力に抗い続けたんですよね。第3章にはそのことが書かれています。

 

 レッチワースの静けさは思想が混沌を制したからであり、逆に田園調布をめぐる騒々しさは増殖をつづける昏いエネルギーの埋蔵量を暗示する。

 

 この『土地の神話』を読みながらずっと感じていたことは、東京オリンピックのプランナーだった猪瀬さんも《増殖をつづける昏いエネルギー》によって、都庁から締め出されたのだろうなということ。揶揄されることもあれど、猪瀬さんが「世界一カネのかからない五輪なのです」(2012年7月28日)という自身のツイートを削除しないのは、レッチワースに埋め込まれたハワードの思想と同じように、本来であればそうだったんだよっていうスタート地点、すなわち理想と思想を忘れさせないためではないのかなということ。東京都民は猪瀬さんを守れなかった。学者のように調べる力をもっている人を守れなかった。その結果が、世界一カネのかかる五輪と報道されている「今」じゃないかな。作家・猪瀬直樹のいちファンの戯れ言かもしれませんが。

 猪瀬さんを批判している人の中で、この『土地の神話』を読んだことがある人はいないように思います。批判するなら、読んでから。小学生だってわきまえているルールです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 明日の通勤のお供は『欲望のメディア』です。ちょっとだけもう読んだのですが、この本もまた、学問のように調べ、小説のように書かれています。プロローグなんて、絶品です。力道山もびっくり。

 

 明日も電車です。

 

 おやすみなさい。

 

 

ミカドの肖像(小学館文庫)

ミカドの肖像(小学館文庫)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2005/03/08
  • メディア: 文庫
 
欲望のメディア (小学館文庫)

欲望のメディア (小学館文庫)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2013/03/06
  • メディア: 文庫