田舎教師ときどき都会教師

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映画『NETFLIX 世界征服の野望』(ショーン・コーセン監督作品)より。涙とミステイク積み重ね野に咲くNETFLIX。ただひとつだけ。

 描かれるそんな恐ろしさとは別に、作品に登場する人々はとてもチャーミングで愛せる人たちだった。現CEOのリード・ヘイスティングスがどんどん洗練されて「業界の大物化」していくのに対して、インタビューに答える元NETFLIXのメンバーたちは一様にダサくて庶民的なままで洗練にどうやってもたどり着けそうにない。インタビューには登場しないリード・ヘイスティングスを不在の中心として、それぞれの理由でそのもとを離れてしまった人たちが懐かしそうに当時を振り返るという構成自体が、ほろ苦い切なさを感じさせる作りとなっている。
(劇場用パンフレット『NETFLIX 世界征服の野望』TOCANA、2020)

 

 こんにちは。今朝は Official髭男dism の新曲「Universe」で目覚めました。3月5日(金)に全国で公開される『映画ドラえもん  のび太の宇宙小戦争2021』の主題歌です。『HELLO WORLD』と「イエスタデイ」や、『コンフィデンスマンJP』と「Pretender」のように、おそらくは今回もまた、髭男の楽曲が映画に寄り添うかたちで作品のよさを引き出すのでしょう。歌詞の中に《夕陽に急かされ伸びた影見つめ》なんて言葉がサラッと入っていますから。

 

 のび太くんです。

 

 

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 それにしても、CDを買ったわけでもないのに、ベッドのそばに置いたスマホから簡単にユニバースを感じることができるなんて、世界は随分と変わったものです。髭男が「ドラえもん」に目を付けたのは、世界がどんどん変わっていくというのがその理由かもしれません。三つ子の魂百まで。世界がどんなに変わったとしても、幼少期に食べたり視聴したりしたものは、大人になっても長い影法師のように影響を与え続けますから。髭男の戦略もまた、世界征服の野望をもつマクドナルドやNETFLIXと同じというわけです。

 

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劇場用パンフレット『NETFLIX 世界征服の野望』

 

 ショーン・コーセン監督の『NETFLIX 世界征服の野望』を観ました。学校では下村健一さんの『想像力のスイッチを入れよう』を使って5年生にメディア・リテラシーのことを教え、自宅ではメディアの変遷を描いた猪瀬直樹さんの『欲望のメディア』を読んであれこれと考えていたので、メディア尽くしです。念のために説明しておくと、NETFLIX(ネットフリックス)というのは、アメリカのオンラインDVDレンタル及び定額制動画配信サービス運営会社で、今や映画制作も手がける「メディア」として認知されている企業です。FacebookやAmazonなどの頭文字を取った、いわゆる「FAANG」と呼ばれるIT企業のひとつとしても知られています。

 以下、少し長くなりますが、この映画の本質を捉える上でめっちゃ参考になるので、猪瀬さんの『欲望のメディア』より、東浩紀さんが書いている解説を引きます。

 

 しかし猪瀬氏の分析は、そこでつねに「仕掛け人」の存在に注目するところに特徴がある。たとえば本書であれば、日本のテレビはなぜ民放中心で娯楽中心になったのか、それは正力松太郎がいたからだと明確な回答が与えられている。イデオロギーはたしかに大衆の欲望の効果としてある。しかしそれは決して匿名的に生成するものではなく、大衆の欲望を特定のイデオロギーへと流し込む装置を設計するアーキテクトがいる。これこそが猪瀬氏の権力観、そして日本社会論の核心であり、だから氏の目には、イデオロギーを語るイデオローグ(政治家)よりも、インフラを整えるアーキテクト(インフラ屋)のほうがはるかに政治的に重要な存在に映るのだ。

 

 正力松太郎に当たるのが、すなわち「仕掛け人」に当たるのが、NETFLIXの現CEOであるリード・ヘイスティングスです。冒頭の引用(By 豊島圭介)にあるように、映画はそのリード・ヘイスティングスを不在の中心として、NETFLIXにかかわった人たちへの「証言インタビュー」を積み重ねることによって展開していきます。それはちょうど猪瀬さんが『ミカドの肖像』で外堀を埋めるようにして「空虚な中心」たる天皇に迫ったように、です。

  

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 NETFLIXという会社は、どこから来て、どこへ行くのか。

 

 どこから来たのかという問いに対しては、もともとはただのDVD配送レンタル会社だった、というのが答えになります。創業は1997年。元CEOでリード・ヘイスティングスと共に会社を立ち上げたマーク・ランドルフ曰く《創業チームの勇気と創意工夫によって会社が一大エンターテインメント企業へと変貌を遂げていいく、その様子を捉えた極めて個人的な物語でもある》云々。創意工夫の第一歩は、やがては「サブスクリプション」という果実を手に入れることになる、オンラインへのチャレンジです。

 

 オンライン 🆚 オフライン

 

 アメリカにはもともと Blockbuster という、日本でいうところの TSUTAYA みたいなレンタル最大手の会社がありました。が、 ベンチャーの NETFLIX によってじわじわと駆逐されていきます。老舗である Blockbuster が「オフライン(リアル店舗)からオンライン(インターネット)へ」&「ビデオテープからDVDへ」という時代の変化をうまくとらえられなかったからです。リード・ヘイスティングス率いる NETFLIX はその変化をとらえた。ダビデが、ゴリアテたる Blockbuster に勝った。映画ではその様子がスリリングかつ教科書的に描かれています。ジャイアント・キリングに必要なのは、柔軟性とスピード感覚。それから豪腕と慧眼。豪腕というところが、冒頭の引用の最初にある《そんな恐ろしさ》に当たるでしょうか。加えて大事なのが、かけ算。

 

 レンタル ✕ インターネット

 

 猪瀬さんの『土地の神話』(『ミカドの肖像』と『欲望のメディア』をつなぐ「ミカド三部作」のひとつ)に登場する五島慶太が、鉄道事業と不動産業をかけ合わせることによって東急グループという巨大なコングロマリットをつくっていったように、リード・ヘイスティングスもまた、レンタルにインターネットをかけ合わせることによって、さらにはそこにサブスクリプションという月額3000~4000円で延滞料なしというサービスをかけ合わせることによって、アマゾンやアップルに並ぶ巨大な企業をつくっていきます。今や世界190ヵ国以上での事業展開、有料契約者数1億8300万人ですからね。世界征服の野望を映画にして堂々と語るだけのことはあります。

 

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 NETFLIXという会社は、どこへ行くのか。

 

 映画の中で、NETFLIX はただのレンタル屋から映画制作まで手がける「メディア」になった、と評される場面があります。NETFLIX によって手がけられた映画『ROMA/ローマ』が、アカデミー賞の3部門を受賞したのは記憶に新しいところです。パンフレットにもあるように《今や世界中で、映画・ドラマの話題の中心にNETFLIX 作品がある》といっても過言ではありません。テレビのリモコンにも「NETFLIX」ボタンがありますからね。メディアとしての NETFLIX は、東さんいうところの「インフラ」といっていい。だからどこへ行くのかという問いに対しては、NETFLIXという会社は、政治的にも重要な存在になっていくのでしょう、というのが有力な答えになります。

 ちなみにリード・ヘイスティングスは元高校教師です。専門は数学。のび太くんを伸びたくんにするためにも、インフラである学校もまた、働き方改革と業務の大胆なカットとオンラインをうまくかけ合わせることによって変わっていってほしいものです。映画に描かれていることですが、収益の9割以上を上げていたDVDの直販をやめてストリーミング配信に特化したり、中国製のポルノDVDを間違って配りまくってしまったり、NETFLIXも紆余曲折を経て今に至っているわけですから。学校も、チャレンジを。髭男の新曲「Universe」の歌詞の一部を「NETFLIX」に変えると、


 涙とミステイク積み重ね野に咲くNETFLIX。

 

 ただひとつだけ。

 

 

NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業

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