田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『東京の副知事になってみたら』より。まず書籍を読む習慣を身につけてもらうこと。人生はそれからだ。

 僕は作家として、作家だからできることを考えた。直感の力、記録し伝える力、という武器を駆使した。ビジネスマンなら、エンジニアなら、公務員なら、中小企業の経営者なら、スポーツマンなら、男でなく女だから、それぞれができることを提案し、提案するだけでなく実行すればよい。意見を言うなら、言ったぶんをやってみよう。事実にもとづいてやろう。形容詞で語ることは避けよう。
(猪瀬直樹『東京の副知事になってみたら』小学館101新書、2010)

 

 新年おめでとうございます。コロナ禍の真っ只中ということで、例年よりも「おめでとうございます」にリアリティーを感じます。無事に年を越すことができて、本当によかった。めでたい。感染して、重症化して、大変なことになっているパラレルワールドも容易にイメージできますから。東京なんて、昨日、新規感染者数が1337人ですからね。ドン引きです。短い時間でも実家に帰って、小平に住む両親に顔を見せようと思っていたのに。だからこう思います。感染者ゼロのパラレルワールドもあったんじゃないかって。そしてそのパラレルワールドでは猪瀬直樹さんが都知事を続けていたんじゃないかって。或いは小池百合子さんのサポートをしていたんじゃないかって。

  

 

 猪瀬直樹さんの『東京の副知事になってみたら』を10年ぶりに再読しました。あとがきに《人生の出会いとなる本に巡り会うとエピソード記憶(感動)が生まれる。したがって一冊の本を10年後に再読、三読する読書が大切であり、ハウツー本をいくら多読しても意味記憶に過ぎない。作家はエピソード記憶の側で表現する。本書を、新しい東京論、日本論と受け止めてもらえればありがたい。》とあります。今年も再読に充てる時間をうまく確保していきたい、そして教室とブログでアウトプットしていきたい、と思います。エピソードの詰まった「新しい東京論、日本論」の章立ては、以下。

 

 第1章 「水ビジネス」で世界へ
 第2章 石原慎太郎と「言語技術」
 第3章 「都心の緑を守る」
 第4章 新しい都市生活モデルとは
 第5章 ジャパン・パッシングの危機
 第6章 エコで描く成長戦略
 第7章 高速道路「民主の暴走」
 終 章 成熟国家ニッポンの未来

 

 教員なら、もちろん気になるのは「第2章」でしょう。それから、子どもたちの未来を考えるという意味で「終章」です。冒頭の引用は終章からとったもの。終章には、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』を例に、以下のようなエピソードが綴られています。

 

「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直チニ出動、之ヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」は今日ではよく知られた文章である。

 

 この電文を打ったのは海軍少佐の秋山真之です。宛先は東京の大本営。「撃滅セントス」までは部下が書き、最後の一文はかつて文学青年だった秋山が付け加えたとのこと。この付け加えられた一文が、海軍大臣だった山本権兵衛の怒りを買います。大国ロシアを相手に、生死を賭けて闘っているのに、そこにポエムを入れるとは何事だ(!)という怒りです。美文は「事実を粉飾して真相を逸」する、と。

 

 詩で書かれてたまるかというリアリズム。

 

 著者である司馬は山本が求めたものをそう表現して認めるとともに、秋山の付け加えた一文がただのポエムではなく要所をおさえたもの、猪瀬さんがよく使う言葉でいうところのファクトとロジックをおさえたものであることを示し、秋山に分があると書きます。

 

 晴朗 → 敵艦を見失わない。
 浪高 → 洋上では双方とも揺れが予想される。

 

 なるほど。言葉へのこだわり、斯くあるべし。このエピソードに続けて、猪瀬さんは次のように書きます。現在のコロナ禍、及び政治家や報道の在り方を予見したかのような一文です。

 

 このごろの政治家の言葉が軽い。政治家だけではない。一国の運命を決める場面で、国民ひとりひとりが短い報告ひとつにどれほど真剣に向き合ったか。いま欠けているのはそのリアリズムではないかと思う。

 

 10年前から政治家の言葉は軽かった。リアリズムに欠けていた。還元すると「真剣さと言語技術」に欠けていた。だから10年後、このコロナ禍において「自分の言葉で語ることができなかった。政治家自身のメッセージを発することができなかった。それが最悪だったと思います」(By 村上春樹、DIAMOND online 2020/12/17)と「作家」が口にするのは当然だし、「前政権から現政権に至るまで、どうしても許せないことの一つは、彼らが『日本語』自体をメチャクチャに破壊し続けていること。その深刻な影響が社会に蔓延している」(By 平野啓一郎、Twitter 2020/12/26)と「作家」が指摘するのも予見できたことだった。今も昔も言葉の力、直感の力、記録し伝える力を武器にしている、もと東京都知事はおそらくそう思っていることでしょう。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 結局、人。やっぱり、言葉。

 

 そんなわけで、言語技術って大切ですよね、というのが第2章です。政治家同様に、教育公務員には「言葉の力」が間違いなく必要です。だから教員は、この章だけでも読むべし。

 定例の記者会見(2010/4/16)にて、石原知事(当時)曰く《冒頭ですね、わたしからひとつ申し上げます。若い人の活字離れを何とかせないかんということで、これ、猪瀬副知事からの提案で動き出します》云々。さすが作家コンビです。この冬休み、中学生の次女が「ビブリオ」に備えて本を読んでいるのも、昨年のクリスマスにサンタクロースが図書カードをプレゼントしてくれたのも、猪瀬さんが東京の副知事として「動き出した」ことの余波かもしれません。2011年の10月30日に行われたビブリオバトル首都決戦のときに、猪瀬さんは《各都道府県から代表を出して、甲子園のようにしていきたい!》って、そう語っていましたから。東京が取り組めば、他県も追随する。首都の影響力って、やはりすごい。

 

活字離れ対策とは、まず書籍を読む習慣を身につけてもらうこと。書籍を読むことは、さまざまな価値観と遭遇することであり、他者との対話のはじまりである。

 

 第2章には、論理(ロジック)を徹底的に求められるという、フィランドやドイツの教育現場でのエピソードや、Jリーグが発足した当時、ジーコ(鹿島アントラーズ)やリネカー(名古屋グランパス)らの名選手が《「いまなぜ、この練習なのか」と意見を述べると日本人監督は「なぜなら」と答えられな》かったというエピソードなど、日本の学校に欠けている言語教育についてのヒントがたくさん書かれています。いまなぜ、この授業なのか。さて、答えられるでしょうか。

 たくさんのヒントのベースにあるのが《まず書籍を読む習慣を身につけてもらう》ということ。

 

 人生はそれからだ。

 

 新学習児童要領で謳っている「主体的・対話的で深い学び」に読書習慣は欠かせません。同一年齢同一集団で学ぶことの多い小学校です。加えて、コロナの影響でますます生身の他者とのかかわりが少なくなっている小学校です。もしかしたらそんな状態があと数年続くかもしれない小学校でもあります。読書を通じた他者との対話。今年も子どもたちに背中で示していきたいなぁ。

 

 もしも猪瀬直樹さんが私の県の知事、或いは校長だったら。

 

 坂の上のパラレルワールド。

 

 

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