田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

遠野遥 著『破局』より。メタファーとしての「わたしのメダカ」と「わたしたちのメダカ」。

 生き物係、と私はすぐに答えた。教室で飼っていたメダカの世話をするのは麻衣子の仕事で、私は麻衣子がメダカに餌をやるのを時々隣で見ていた。麻衣子は常に、決められた間隔で、決められた量の餌をやった。水槽に少しでも異状があれば教師に相談して改善を図り、メダカたちは概ね皆長く生きた。
(遠野遥『破局』河出書房新社、2020)

 

 こんにちは。5年生の理科でメダカの学習をするときには、わたしたちのメダカではなく、わたしのメダカを育てることができるように単元の計画を立てます。具体的には、クラスの全員がペットボトルで「マイ水槽」をつくり、オスとメスの2匹を育てます。何度やっても、これは楽しい。

 

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ペットボトルで「マイ水槽」

 

 生き物係をつくって麻衣子のようなしっかりとした子にメダカの世話を任せるというのもひとつの手ですが、そうすると、麻衣子以外の子が、例えばメダカに名前をつけて話しかけようとか、夏休みには家に持ち帰って育てようとか、そういった愛着をもつ可能性は低くなります。自分でつくった、自分専用の水槽をつくることによってのみ、ひとりひとりがメダカに愛着をもつようになるというわけです。元陸上選手の為末大さんいうところの「努力は夢中に勝てない」と同じように、

 

 わたしたちのメダカは、わたしのメダカに勝てない。

 

【第163回 芥川賞受賞作】破局

【第163回 芥川賞受賞作】破局

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: 単行本
 

 

 平成生まれ初の芥川賞作家となった、遠野遥さんの『破局』を読みました。芥川賞の選考委員である平野啓一郎さんが「推した」という話題作です。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 主人公は物語の語り部である大学4年生の陽介。冒頭に引用した生き物係の麻衣子は高校の同級生であり、現在の陽介の彼女です。そこに大学の新入生、灯(あかり)が加わって、いわゆる三角関係に。平野啓一郎さんが提唱する分人主義を教えてあげたいところですが、二人の女性の間をふらふらとしているうちに、陽介の恋愛が、陽介の人生もろとも「破局」を迎えることになります。それがあらすじ。

 

灯がまだいなかったときには麻衣子がいたし、その前だって、アオイだとかミサキだとかユミコだとか、とにかく別の女がいて、みんな私によくしてくれた。その上、私は自分が稼いだわけではない金で私立のいい大学に通い、筋肉の鎧に覆われた健康な肉体を持っていた。悲しむ理由がなかった。悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなどないということだ。

 

 主人公の陽介のことです。いわゆるリア充です。陽介は、そのリア充を鼻にかけることなく、折にふれ《交通事故で死ぬ人間がいなくなればいいと思った》などと、わたしたちのために祈ったりします。何不自由ない学生生活。しかし《悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなどないということだ》とあるように、頭でっかちで何かが欠けています。メタファーとしてのメダカでいえば「わたしのメダカ」が欠けているといえるでしょうか。この陽介を「破局」へと向かわてしまうのが麻衣子と灯です。特に灯かな。

 

 ひとつだけやめて欲しいのは、セックスの最中、私の性器とおしゃべりをすることだ。性器に話しかけるときは敬語を使わないから、私に言っているのではないとすぐにわかる。内容はその時々で違っているけれど、今日は何を食べたとか、昨日は会えなくてさみしかったとか、大抵はくだらない話だ。

 

 灯のことです。灯はメダカにでも話しかけるように、陽介の性器に話しかけます(って村上春樹みたいだ)。実際に灯はメダカを飼っていて、はじめての相手となる陽介と付き合い始めた頃には、戌(イヌ)とか寅(トラ)とか未(ヒツジ)とか、干支の名前がついたメダカを12匹、一人暮らしのアパートの部屋で大切に育てています。しかし灯が「わたしの陽介」にのめり込み、破局が近づき始めた頃には、残り1匹。その頃にはもう、その1匹が卯(ウサギ)なのか午(ウマ)なのかそれ以外なのかもわからなくなっています。

 

 陽介にとってのアオイやミサキやユミコのように。

 

 一方の麻衣子は、冒頭の引用にもあるように、メダカを簡単に死なせたり、なかったものにしたりはしません。だから陽介と別れた後も「わたしの陽介」と関係をもつことをためらいません。二人が関係をもったことに気付いた灯は、「わたしの陽介」が「わたしたちの陽介」であったことに戸惑い、更には日増しに大きくなっていく性欲にも抗えず、混乱していきます。もしかしたら相手が陽介君じゃなくても、わたしはいいのかもしれない。「わたしたちの陽介」と「わたしたちの灯」が破局に向かうことになるのは当然です。

 

 これは、今朝まではよくわからなくて、今やっとはっきりしたことだけど、私、陽介君のこと許せない」

 

 破局の場面は中村文則さんの処女作『銃』のラストを想起させる空気感でした。言葉が感情と現実に追いつかなくなる感じで、さすが同じ出版社だけのことはあります(って関係ないけど)。遠野遥さんの処女作『改良』も読んでみたいなぁ。

 

 わたしたちの子どもは、わたしの子どもに勝てない。

 

 明日から個人面談です。学校は家庭に愛情という面では勝てません。とはいえ、恋愛とは違うので、大人と話す「楽しさ」を味わいつつ、破局しないように傾聴したいと思います。

 

 8月上旬の授業  and  面談。

 

 暑さで破局する前に改良を。

 

 

改良

改良

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 単行本
 
銃 (河出文庫)

銃 (河出文庫)

  • 作者:中村 文則
  • 発売日: 2012/07/05
  • メディア: 文庫