田舎教師ときどき都会教師

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映画『お名前はアドルフ?』(ゼーンケ・ヴォルトマン 監督作品)より。名は体だけでなく、親も表わす?

「名前とは虚しきもの」とは、「ファウスト」第一部の中で、主人公ハインリヒ・ファウスト博士が言った言葉だ。ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテは1808年にこれを書き、名前がその人物や事柄を表わすわけではないことを言葉に表わした。ウィリアム・シェイクスピアもまた同じ意見であった。シェイクスピアは1595年に悲劇「ロミオとジュリエット」を書き上げ、その中でジュリエット・キャピュレットに問いかけさせている。「名前って何? 私たちがバラと呼ぶものは、たとえ別の名前で呼んでも同じように甘い香りを漂わせてくれるでしょう」。
(映画パンフレット『お名前はアドルフ?』セテラ・インターナショナル、2020)

 

 こんにちは。先日、夏休み明けに転入生がやってくるという連絡を受けました。しかも2人。クラスの子どもたちはワクワクを隠せない様子でしたが、ほぼ40人学級で、「密です」を絵に描いたような教室ゆえ、担任的には「限りなく透明に近いブルー」といった心持ちです。悲劇か喜劇かと問われれば、正直、悲劇でもあり喜劇でもあると答えざるを得ません。もちろん全集中でウェルカムしますが。それにしても、担任の机、置くところなくなっちゃうなぁ。

 

 救いは名前でしょうか。

 

 2人とも、クラスの人間関係に甘い香りを漂わせてくれるのではないかと期待させてくれる漢字を使っているからです。金原克範さんに『“子”のつく名前の女の子は頭がいい』という著書がありますが、感覚としても、それは正しい。感覚をさらに広げれば、名前に“優”とか“和”とか“仁”とか、そういった人間関係にかかわる漢字のつく子は、頭というか「心がいい」ように思います。人間の名前はバラの香りとは違うというわけです。

 

 

 "子”のつく子が頭がいいというのは、要するに保守的な家庭に育った子どものほうが、キラキラネームをつけるような家庭よりもまともな子育てをしている可能性が高いということです。実際、「希空(ノア)」よりも「陽子」のほうが、「七音(ドレミ)」よりも「菜々子」のほうが、担任としては安心してファーストコンタクトに踏み切ることができます。父親としてもそうです。娘が「男(アダム)」や「本気(マジ)」なんて男を連れてきたら不安になります。その男、マジか。いわんや「亜土流布(アドルフ)」をや。

 

 お名前はアドルフ?

 

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映画『お名前はアドルフ?』のパンフレット

 

 映画『お名前はアドルフ?』(ゼーンケ・ヴォルトマン 監督作品)を観ました。世界40ヵ国以上で絶賛の嵐を巻き起こしたという舞台を映画化したものです。主要な登場人物は5人。インテリ夫婦のシュテファン(大学教授♂)とエリザベト(国語教師♀)、エリザベトの弟のトーマス(不動産業者♂)とその恋人のアンナ(女優♀)、そしてエリザベトの親友のレネ(クラリネット奏者♂)です。パンフレットの表紙は6人じゃないかって? もう一人については、観てからのお楽しみ。

 姉夫婦の自宅で行われるディナーに招かれたトーマスが、生まれてくる子供の名前をアドルフにすると宣言したところから、映画が動き出します。アドルフとはもちろん、第二次世界大戦を引き起こし、多くのユダヤ人に過酷な運命を強いたアドルフ・ヒトラーのことです。

 

 アドルフ?  本気か?

 

 マジです。トーマスのひとことによって、楽しいはずのディナーは、ユーモアを交えつつ、知的かつ痴的で極端な方向ヘとヒートアップしていきます。やれ「家事もしないくせに」だの、やれ「どうせあれなんだろう」だの。

 そのヒートアップによって「ナチズムを批判弾劾する戦後ドイツ主流インテリ思考の行き詰まり」を訴えるというのが映画の大きな背景になっているのですが、それにしても、映画の本筋とは別に、名前って面白いなぁと思いました。トーマスが《息子をアドルフと名づけてヒトラー神話を破壊する》とうそぶく場面なんて、シュテファンでなくても真に受けてしまいます。


 白いバラが咲きますように。
 赤いバラが咲きますように。

 

 冒頭に引用したパンフレットには、ゲーテやシェイクスピアのバラの香り的な見解だけでなく、アドルフという名前が問題視されてしまうような、診断的な見解も併記されています。ドイツの格言家ヴィルヘルム・シュヴェーベル曰く《子供のファーストネームで両親の精神が分かる》云々。名は体だけでなく、親も表わす。ちなみに日本でいうところの「”子”のつく子供は頭がいい」と似た話がドイツにもあるようで、例えば「ケヴィンという名前の子供はバカだ」という偏見がまかり通っていた時代もあったようです。キラキラネームに身構えてしまうわたしの感覚も、偏見なのかもしれません。

 

 さて、最後に少しだけ映画の本筋+α。

 

 トーマスが《反ヒトラーだと言い張り、反ナチ番組に興奮する左翼》というセリフを口にする場面があります。戦後ドイツ主流インテリ思考の行き詰まりというかヤバさを含意するセリフです。アドルフという名前は使われなくなっても、別の何かヤバイものが生み出されていませんか、という問題提起。人気ブロガーのインクさんが今朝のブログに引用していた《結局はただ昔の化け物が名前と姿を変えただけの事である》という、寺田寅彦の言葉と重なるところがあります。

 

taishiowawa.hatenablog.com

 

 インクさん、毎朝更新300日、おめでとう。勝手に祝福します。こちら毎日とまではいかないものの、1年前の8月半ばからスタートして、これで296記事目です。

 

 お名前はインク?

 

 赤でも白でも、自由自在。

 

 

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