田舎教師ときどき都会教師

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二宮敦人 著『最後の秘境 東京藝大』より。「~している時間が好き」を見つけてほしい。

 僕は、「ものを作っている時間が好き」と言った佐野さんを思い出していた。
 誰かに認められるとか、誰かに勝つとか、そういう考えと離れたところに二人はいるようだ。
 あくまで自然に、楽しんで最前線を走っていく。
 天才とは、そういうものなのかもしれない。
(二宮敦人『最後の秘境 東京藝大』新潮文庫、2019)

 

 こんばんは。仕事から帰ってきたら、高校2年生の長女がリビングを陣取ってオープンキャンパスレポートなるものを書いていました。夏休みの課題のようです。長女がいうには、多くの大学で「講演スタイルでの学部・学科の紹介」だったり「現役の教員による模擬授業」だったり「在校生や職員がキャンパス内の施設・設備を案内するキャンパスツアー」だったり「構内にある学生食堂でのランチ体験」だったりをしているとのこと。オンラインを含め、すでにいくつかの大学に足を運んだとのこと。十年一昔。高校と大学の変化にも、長女の成長にもついていけません。

 

 いわんや天才たちのカオスな日常をや。

 

 

 二宮敦人さんのベストセラー『最後の秘境 東京藝大』を読みました。長女が興味をもつかもしれないな、と思っての購入です。副題は、天才たちのカオスな日常。ホラー小説やエンタメ小説を書いている作家の二宮さんが、東京藝術大学に通う学生さんたちに取材をして書き上げた初のノンフィクション作品です。小説家の二宮さんが、なぜ藝大をテーマにした本を書いたのかといえば、

 

それは現役藝大生である妻がきっかけだった。とにかく妻が、面白いのだ。

 

 そんなわけで、二宮さんの『最後の秘境 東京藝大』には、アパートの部屋の中で巨大な木彫りの陸亀を作り、甲羅にフェルトを貼り付けて「亀に座れたら楽しいからねえ」と《脳天気に口に》したりするという、彫刻科所属の二宮夫人に「負けず劣らず」の面白い学生さんがたくさん登場します。

 全員は紹介しきれないので、音楽学部(音校)と美術学部(美校)からそれぞれ一人ずつ、藝大生をして「あいつは天才だ」と言わしめる二人を紹介します。ちなみに「藝大=音校+美校」であり、音校は「時間厳守」、美校は「全員遅刻」というくらい世界が異なるそうです。

 

 音校からは「音楽環境創造科」の青柳呂武さん。

 

 青柳さんは、2014年の「国際口笛大会」成人男性部門のグランドチャンピオンです。口笛の金メダリストというわけです。そんな世界があるなんて。口笛で藝大に入れるなんて。日常云々の前にそういった「世界」こそがすでにカオスな感じです。

 

 長女に勧めてみようかな。

 

 呂武さんが言うには、高校3年生のときに進路に迷っていたら、親が「口笛をもっと極めてみたら」と藝大を勧めてくれたとのこと。口笛と藝大を結び付ける発想といい、名前に「ロム」と付けるところといい、青柳さんの保護者、ただ者ではありません。

 

 結局、親。やっぱり、育て方。

 

 気になったので検索してみたところ、出てきました。青柳呂武オフィシャルサイト(https://romuromoon.wixsite.com/romuromu)まであります。今なお《口笛をクラシック音楽に取り入れたい》という目標に向かって、あくまで自然に、楽しんで最前線を走り続けているのでしょう。

 

www.youtube.com

 

 冒頭の引用は、青柳さんの「口笛ライブ」を聴いた後の二宮さんの感想です。「こりゃすごさね・・・・・・・」って、二宮夫人が意味不明な関西弁を口にするくらい素晴らしい演奏だったとのこと。口笛を吹いている時間が好き。ものを作っている時間が好き。天才とは、そういうもの。

 

 美校からは「工芸科漆芸専攻」の佐野圭亮さん。

 

「学校では漆をやって、バイト中に、バイトは予備校の講師なんですが、その空き時間に絡繰り人形の部品を作ってます。家でも、夜中まで作業していますね。睡眠時間は、だいたい三、四時間くらい・・・・・・です」

 

 漆芸の工程は《塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かして塗って乾かす》というもので、それだけでもカオスな感じです。好きじゃなければとてもできません。佐野さんは、漆だけでなく、かつて東洋のエジソンと呼ばれた、田中久重(1799-1881)の「絡繰り人形」にも魅せられ、漆芸とは別に絡繰り人形の部品の制作もしているとのこと。

 

 いわば二刀流。

 

 現代の田中久重であると同時に、藝大の大谷翔平でもあるということです。努力は夢中に勝てない。オリンピアンの為末大さんの言葉は藝大生にぴったりだなって、そんな気がします。いったいどうやったら、藝大生のように育つのでしょうか。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 青柳さんと同様に気になったので検索してみたところ、クマ財団のHP(https://kuma-foundation.org/student/keisuke-sano/)に佐野さんの卒業制作が出てきました。《卒業制作  鉄象嵌乾漆螺鈿蒔絵箱「生命の夜明け」(荒川区長賞)は東京都荒川区立図書館  ゆいの森あらかわにて恒久設置》とあります。青柳さんと同様に、佐野さんも、あくまで自然に、楽しんで最前線を走り続けているのでしょう。東京都のコロナの新規感染者数が1桁になったら、ゆいの森あらかわに行ってみようかと思います。7年後くらいかな。

 

「半分くらいは行方不明よ」

 

 青柳さんと佐野さんの名前を検索したのは、藝大生の半分くらいが卒業後に行方不明になると書いてあったからです。平成27年度についていえば、卒業生486名のうち「進路未定・他」が225名とのこと。就職する人は毎年1割にも満たないそうです。残りの4割は進学或いは留学とのこと。さすが秘境です。

 

「進学」と「不明」が、八割を占める。それが藝大生の進路なのだ。

 

 長女が作成しているオープンキャンパスレポートには「大学(学部)の精度・実績」という欄があって、注意書きには「就職率要チェック」とあります。それから「学費」という欄もあって、ご丁寧に「学費は保護者と話し合う」「奨学金もチェック」なんてことまで書かれています。藝大に当てはめれば、就職率は1割、仕送りは毎月50万円(音校のある卒業生)となるでしょうか。

 

 とんでもレポートです。

 

 とはいえ、長女にも次女にも教え子にも、藝大生を見習って、「~している時間が好き」を見つけてほしい。それって何よりも大切なことだから。

 

 おやすみなさい。