田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

映画『ザ・ホエール』(ダーレン・アロノフスキー監督作品)より。メルヴィルの『白鯨』とのコラボが素晴らしい。

『ザ・ホエール』のチャーリーは、恋人を亡くした喪失感と自分が捨てた愛娘エリーへの罪悪感に苦しんでいる。そうしたチャーリーのつらい過去は主にセリフで語られるが、真っ先に観客のド肝を抜くのは体重272キロの尋常ならざる巨体だ。
(劇場用パンフレット『THE WHALE』東宝、2023)

 

 こんにちは。先日、とある読書会に参加しました。その中で、日本の文壇は作家のマルチな活動を評価しないという話がありました。それは「おかしい」というニュアンスの話です。例えば石原慎太郎(1932ー2022)は、文藝評論家の江藤淳(1932-1999)に「なんで政治家なんてやるんだ」と苦言を呈されたとか。『元号考』を書いた森鴎外のように、国家の成り立ちのところで文学をやっていた先輩もいるのに。欧米では作家がマルチな活動、特に政治的な活動をするのは普通だそうです。むしろ国民が望んでいる。しかし現代の日本では、文壇という小さな村から離れたところで活躍すると、作家としては色物扱いされて評価されなくなるとのこと。職員室という小さな村も、同じような病を抱えているような気がします。小学校の教員だったハーマン・メルヴィル(1819~1891)が海に出たのも、小さな村の閉鎖性に嫌気が差したからかもしれません。

 

劇場用パンフレット『THE WHALE』より

 

 映画『ザ・ホエール』(ダーレン・アロノフスキー 監督作品)を観ました。冒頭の引用(By 映画ライターの高橋論治さん)にあるように、体重272キロのチャーリーの姿態が目を引く作品です。姿態だけでなく演技も目を引くもので、自宅から一歩も外に出ない「室内劇」にもかかわらず、チャーリーを演じたブレンダン・フレイザーは、本年度のアカデミー主演男優賞を受賞しています。

 

 以下、ネタバレあり。

 

whale-movie.jp

 

 チャーリーの余命は5日間。

 

 村崎羯諦さんの『余命3000文字』もそうですが、残り5日間にせよ、残り3000文字にせよ、うまい設定だなぁと思います。5日間経つと映画が終わる。3000文字使うと物語が終わる。終わりの時間を決めるって大事ですよね。終わりがあるからこそ、そこに至るまでの時間が豊かになります。17時になると仕事が終わる。教員に例えるとそうなるでしょうか。だから長時間労働は嫌いです。豊かさのためにも、ダラダラと残業している場合ではありません。

 

 モビィ・ディックを殺せば、復讐が終わる。

 

 教員ではなく、メルヴィルの『白鯨』に例えるとそうなります。しかし、モビィ・ディックを殺したところで、船長のエイハブの人生が好転するとは思えない。チャーリーの一人娘のエリーは、エッセーにそう記していたんですよね。14歳のときに書いたエッセーです。元妻が送ってくれたそのエッセーを、後生大事にとっているのが、肥満症のために自宅で動けなくなっているチャーリーという設定です。

 

 現在、エリーは17歳。

 

 チャーリーには、エリーがまだ8歳だったときに、家族を捨てたという過去があります。家族を捨て、アラン(♂)という恋人に走り、挙句アランは死んでしまうという、それこそ《ド肝を抜く》過去です。もちろんそんな父親をエリーは許していません。許すわけがありません。片足を食いちぎられたエイハブがモビィ・ディックを許さないように、片親に去られたエリーは「今頃親ぶるの?」と、死期を悟ったチャーリーに冷たく言い放ちます。娘との絆を取り戻すために、チャーリーは9年ぶりにエリーを自宅に呼ぶんですよね。数年にわたる捜索の末、日本沖でモビィ・ディックを発見したエイハブのように、エリーは272キロの尋常ならざる巨体となった父親と、怒りをもって相対します。おぞましい姿となったこの父親がいなくなれば、私には遺産が手に入る。そうなれば人生が好転するかもしれない。

 

 うまいなぁ。

 

 小説と映画の「コラボ」が、です。もともとは舞台の戯曲だったそうなので、正確には小説と映画と戯曲の「コラボ」でしょうか。映画『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介 監督作品)のうまさと同じです。欧米では、こういった映画が評価されている。学校でいえば、教科横断的。最初の話でいえば、

 

 マルチ。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 

「10代の娘なんてみんな頭がおかしい」

 

 うろ覚えですが、途中、そんな台詞(By チャーリーの看護をしている友人の女性)がありました。同じ年頃の娘をもつ身としては、ちょっとした共感を覚えます。そうそう、読書会に参加していた某作家さんが「女子高生はみんな天才なんだ。でも、おばさんになったら変わってしまう」というような話をしていたことを思い出しました。頭がおかしいと天才は同義ですね。それから、どんなに悪態をつかれても、我が娘を信じ続けるチャーリーにも共感を覚えました。鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が手がけた、映画『ザ・ホエール』。小説好きにはもちろんのこと、娘をもつ全てのパパにもお勧めの作品です。

 

 中学生のときに挫折した『白鯨』。

 

 もう一度読んでみようかな。