「白鯨のゆがんだあぎとでも、死のあぎとでも、わたしはひるみません。エイハブ船長、それがちゃんとした商売の道理にかなっているのならば、です。わたしがここにおりますのは、鯨をとるためでして、船長の復讐に手をかすためではありません。たとえあなたの復讐がうまくいったとしても、鯨油にして何バレルになるでしょうか、エイハブ船長? ナンターケットの市場では、さしたるもうけになりませんよ」
(メルヴィル『白鯨(上)』岩波文庫、2004)
こんばんは。金曜日は近しい人との「思いがけずディナー」、土曜日は作家・映画監督の森達也さんによる「思いがけずリポスト」、そして日曜日の今朝はNPO授業づくりネットワークの理事長である石川晋さんからの「思いがけずいいね」がポスト直後にあって、土曜授業でくたくただったとはいえ、「思いがけず幸せ」なここ3日間になりました。中島岳志さんの著書のタイトルにあるように、
思いがけずって、よい。
【3年前の過去記事】
— CountryTeacher (@HereticsStar) September 8, 2023
あなたの自己犠牲が、善良な同僚を殺します。#森達也#王様は裸だと言った子供はその後どうなったのか
森達也 著『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』より。自己犠牲は難しい。陶酔と相性がいいからだ。 - 田舎教師ときどき都会教師 https://t.co/RHECKyjpsS
泥のように眠った。土曜授業の翌日は毎回こうなる。で、月曜の朝に「泥のように眠りました」と教室で話す。子供たちの語彙が増える。更に「身を挺して教えています」と続ける。最後に「働けど働けど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」と板書する。流れゆく時の中に消えるささやかな生。一握の砂。
— CountryTeacher (@HereticsStar) September 10, 2023
で、思いがけず白鯨。
メルヴィルの『白鯨(上)』を読みました。実際に船に乗って捕鯨に従事した著者の体験をもとに創作された作品です。手に取ったきっかけは、翻訳の仕事をしている義兄(姉の旦那さん)に勧められたから。
お勧めの本は?
白鯨!
即答でした。とはいえ、上中下とあって、分厚い。義兄曰く「世の中には二種類の人間がいて、それは『白鯨』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ」とは言っていませんでしたが、村上春樹さん一推しの『カラマーゾフの兄弟』と同様に、読み通すことが難しい一冊であることは確かです。でも、読みました。中学生のエリーにだって読み通せたのだから、
いわんや私をや。
映画『ザ・ホエール』に登場するエリーは、14歳のときに『白鯨』を読み、エッセーに《モビィ・ディックを殺したところで、船長のエイハブの人生が好転するとは思えない》と書きます。エリーの父親が絶賛した、矢のごとくストレートで、正直な感想。一等航海士のスターバックも首肯するに違いありません。
メルヴィルの『白鯨』を読んだらスタバに行きたくなった。で、寄り道。スターバックの言葉に「鯨を恐れないような者は、私のボートにはひとりも乗せん」とある。学級経営を恐れないような者は、担任にさせん(!)と言い換えられる。今日、我ながらgood jobと思えることがあった。正しく恐れたおかげ。 pic.twitter.com/pO0hXpiaIf
— CountryTeacher (@HereticsStar) September 6, 2023
スターバックというのはもちろん、スターバックス・コーヒー・チェーンの名前の由来となった一等航海士のことです。アメリカ文学を代表する作品とはいえ、念のために基本的なことを確認しておくと、モビィ・ディックというのは白いマッコウクジラ、つまり白鯨のこと。エイハブというのは、鯨骨製の義足を装着している、捕鯨船ピークォド号の船長のこと。エイハブの義足の原因、つまりエイハブの片足を食いちぎったのがモビィ・ディックというわけです。当然、エイハブは怒っています。
つまりは復讐譚。
復讐譚といえば、シェイクスピアの『ハムレット』を思い出すでしょうか。ハムレットの狂気と同じように、エイハブの狂気も、やがて登場人物たち全員を悲劇へと導いていきます。その悲劇を予見していたのが、冒頭の引用の発言者であるスターバックだったのかもしれません。エイハブ船長が《いいか、おぬしらのうちのだれにせよ、右舷の尾びれに三つの穴のあいた白い鯨を、このわしに見つけてくれた者には ―― いいか、おぬしら、その白い鯨を、このわしのために見つけてくれた者にはだな、この一オンスの金貨を進ぜよう》と檄を飛ばしても、他のみんなと同じように《ばんざーい! ばんざーい!》とはならないんですよね、スターバックは。珈琲を飲んで頭が冴えていたのかもしれませんが、いずれにせよ、カッコいい。
みんなが疾風怒濤のなかで立ちあがっているというのに、スターバックよ! おぬしだけが、しおれた若木みたいに立ち上がれないでいる。どうしてなのだ?
もしかしたら、スターバックは「思いがけず発達障害」だったのかもしれません。同じく発達障害が疑われる、王様は裸だと言った子どもと同じです。とはいえ、発達障害にせよそうでないにせよ、周りに流されることなく、自分の直観に従って生きている人って色気がありますよね。船長が捕鯨船の本来の目的よりも自分の目的を優先していることが明らかなとき、あるいは校長が学校の本来の目的よりも自分の目的を優先していることが明らかなとき、同調しない船員や教職員の存在って、
でっかい。
狂気の沙汰です!
スターバックはエイハブ船長に対してそう言いました。で、ここ最近、学校でも「狂気の沙汰です!」と言いたくなることがあったんです。でも、あまりにも阿呆らしくて、しおれた若木みたいになってしまいました。このままでは校長の狂気に巻き込まれてしまいます。さて、どうするか。スターバックはどうしたのか。答えは中巻と下巻の中に。
疲れがとれません。
おやすみなさい。