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リチャード・ワイズマン博士 著『運のいい人の法則』より。運も実力のうち? それとも、実力も運のうち?

 運がいい人のキャリアを大きく左右するのは、ビジネス界だけの話ではない。一九七九年に映画監督のジョージ・ミラーは、新作『マッドマックス』の主役にふさわしい俳優を探していた。戦いに疲れて傷ついた、しかしタフな男が理想だった。オーディション前日の夜、メル・ギブゾンという無名のオーストラリア人俳優が、通りで三人の酔っ払いに襲われた。顔をはらし、疲れきったようすでオーディションに現われたギブゾンを見た瞬間、ミラーは彼を主役に決めた。
(リチャード・ワイズマン博士『運のいい人の法則』矢羽野薫 訳、角川文庫、2011)

 

 こんにちは。96年に公開された、キャメロン・クロウ監督の『ザ・エージェント』に「This Is gonna be a great day.」という台詞が出てきます。字幕はたしか、

 

 素晴らしい1日にしよう。

 

 台詞の主はトム・クルーズだったでしょうか。あるいはレネー・ゼルウィガーだったでしょうか。そこら辺の記憶は曖昧ですが、大学4年生のときにビデオで観て、毎朝その台詞を口にしながら研究室に通ったことはよく覚えています。研究に行き詰まっていたんですよね、あの頃。実力も運のうちとはいえ、何とか運だけでもよくなってほしかったのだと思います。

 

 よし、今日もついている。

 

 これはトム・クルーズでもレネー・ゼルウィガーでもなく、前々任校でお世話になった師匠の呟きです。自治体の優秀教員表彰に加えて、文部科学大臣優秀教職員表彰も受賞するほどの実力者で、曰く、

 

 運も実力のうち。

 

 

 リチャード・ワイズマン博士の『運のいい人の法則』を読みました。運も実力のうちなのか、あるいはマイケル・サンデルが喝破したように「実力も運のうち」なのか。運についての見方・考え方を働かせるにあたってとっても参考になる「運についての科学書」です。運よく世界30ヶ国でベストセラーになったというのだから、その信憑性は折り紙付き。博士は幸運の代理人、ザ・エージェントといえるでしょう。

 

 目次は以下。

 

 PART1 あなたは運のいい人?
 PART2 運を鍛える四つの法則
 PART3 幸運な人生をつかむために

 

 著者であるワイズマン博士は「運のいい人」です。子どもの頃にマジックに夢中になり、10代前半でロンドンにある世界屈指のザ・マジック・サークルに入会。20代前半にはアメリカに招待され、ハリウッドでマジックを披露するチャンスに恵まれたとのこと。まさにマジックのようなサクセス・ストーリーです。風をつかまえた少年もびっくり。

 

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 その後、マジックの裏にある心理学に興味を示した著者は、幸運なことに「学士、修士、博士」ととんとん拍子で取得し、やがては大学で自分の研究室を持つまでになります。そんな博士が運の研究を始めたのは、ある講演で、簡単なマジックショーを披露したときに「特別に運のいい人」に出会ったから。

 

 客席は歓声と拍手に沸いたが、その女性は少しも驚いていないようだった。私が感想を聞くと、彼女は落ち着いた口調で、自分にはこの手のことがよく起こるのだと言った。いつも正しいタイミングで正しい場所にいて、仕事でもプライベートでも幸運に恵まれてばかりだという。自分でもどうしてそうなるのかわからないけれど、要するに運がいいのだ、と。
 自分は運がいいと言いきる彼女の自信に興味をそそられた私は、客席に向かって、自分は特別に運がいい、あるいは悪いと思う人はいるかと聞いてみた。

 

 ある晩の出来事をその後の研究につなげるところがワイズマン博士の「運のよさ」を担保しているのだろうなって、本を読み終えたときにそう思いました。ワイズマン博士も「運のいい人の法則」に則って生きているというわけです。《自分は運がいいと言いきる彼女の自信に興味をそそられた》博士は、運の研究をスタートし、アンケートをとったり実験をしたりしながら、10年の歳月をかけて「運のいい人と運の悪い人」を科学します。

 ちなみに冒頭の引用はPART1からとったものです。PART1にはラッキーな人生とアンラッキーな人生のエピソードがふんだんに紹介されていて、おもしろい。道徳の教材として役立てることもできるかもしれません。

 

 で、博士が発見した「運のいい人の法則」とは?

 

 法則1  チャンスを最大限に広げる
 法則2  虫の知らせを聞き逃さない
 法則3  幸運を期待する
 法則4  不運を幸運に変える

 それぞれの法則は具体的にどのようなことを意味しているのか。法則1のポイントだけ紹介すると、


 ポイント1 運のいい人は、「運のネットワーク」を築き、それを広げている。
 ポイント2 運のいい人は、肩の力を抜いて生きている。
 ポイント3 運のいい人は、新しい経験を喜んで受け入れる。

 何となくイメージがつくでしょうか。博士はPART2の中で具体的なエピソードや実験結果を紹介しながらこれらのポイントに説明を加えていきます。例えばポイント2について、以下はネバタ州の会計士ジョンのエピソードより。もちろんジョンは「運のいい人」です。

 

 僕が幸運な理由の一つは、何か特定のものを探すというより、肩の力を抜いて目の前にあるものを何でも受け入れるからだろう。しばらく前に「比較的新しいモデルで燃費もそこそこの車」を探していた。あのとき「中古のメルセデスで燃費がいい車」がいいと決めていたら、たぶん見つからなかった。でも、僕は気持ちに余裕があって、条件の幅も広かった。そして中古車の広告から最高の車を見つけたんだ。メルセデスではないけれど、僕にとっては完璧だった。~中略~。欲しいものが具体的に特定されていると、人生はそんなに幸運ではないということになる。でも肩の力を抜いて許容範囲を広げていれば、すべてのことが、もっとよく見えてくる。

 

 自分を確立するって、危険なこと。

 

 先日、内田樹さんと平川克美さんの対談を聞きに行ったときに、内田さんがそのように話していました。曰く、私は今でもフラフラしているとのこと。この歳になっても自分を確立なんてしていないとのこと。おそらくはそれが「運のいい人」の特徴なのでしょう。内田さんは明らかに運がよさそうに見えましたから。肩肘張って自分を《具体的に特定》してしまうと、ネットワークの広がりも、新しい経験も期待できず、運が悪くなっていくというわけです。だから、

 

 教員にもフラフラできるゆとりを。

 

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 10年もの長きにわたって「運のいい人、運の悪い人」を科学してきた博士の「結論」は「運=心の持ちよう」です。

 

 私はたくさんの実験を行い、数百人にインタビューをして、数えきれないほどのアンケートを集計した。そして、ついに、幸運の秘訣を突き止めた。運は魔法の力でも、神様からの贈り物でもない。そうではなく、心の持ちようなのだ。

 

 よし、今日もついている。

 

 師匠は「心の持ちよう」が凄かった。師匠のクラスの子どもたちも、師匠の影響を受けて「心の持ちよう」が凄かった。師匠は運が心の持ちようであることを経験的に知っていたのでしょう。だから、意図することなく「運のいい人の法則」に則って振る舞っていた。

 

 運も実力のうち。

 

 心の持ちようは自分次第ですから。逆に「実力も運のうち」という考えに固着してしまうと、教員は、親ガチャや教育格差に白旗をあげることになってしまいます。実力も運のうちかもしれない。でも、心の持ちよう次第で運を味方につけることができる。本の内容に戻ると、PART3を読めば、幸運な人生をつかむためにはどうすればいいのかが、レッスンやワークショップを通してはっきりとわかってくるようになる。子どもたちにも伝えたい「科学」です。

 

 運のいい人の法則。

 

 グッドラック。