田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方」&「読書、旅行、映画」

太田哲雄さんの『アマゾンの料理人』と、磯野真穂さん&古田徹也さんの対談より。

 僕が真っ先に訪れたのは、ベレン・アルタ地区にある市場だ。治安が悪いスラム街にあり、旅行者はなるべく近寄らない方がいいと聞くが、「この世のすべてが揃う」と評判のアマゾン最大の市場を素通りできるはずがない。
 僕は旅先でよく市場に足を運ぶ。世界には、僕がまだ知らない食材がたくさんあるのだ。それを見つけるたびに、栽培方法や調理法に興味がわく。売り手に尋ねると誰もが喜んで答えてくれるのがうれしい。
(太田哲雄『アマゾンの料理人』講談社、2018)

 

 おはようございます。先週の木曜日の夜に代官山で「パクチー豆腐」なるものを食べました。珍しいなぁと思って注文したのですが、そして美味しかったのですが、今ググったところ、少なくとも珍しいものではないということがわかりました。まぁ、でも珍しくなくてもいいんです。世界には「私」がまだ知らない料理がたくさんあるというところに価値があります。読んだことのない本も、話したことのない人も、行ったことのない国もたくさんあります。この世の全てがこの世にあります。そして「輸送」ではなく「徒歩旅行」に身を委ねていると、その全ての中のひとつにたまたま出会うことがあります。うれしいことです。自発的残業なんてやっている場合ではありません。

 

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パクチーの豆腐(2020.1.30)

 
 パクチー豆腐やら何やらを食べた後に、代官山の蔦谷書店で磯野真穂さんと古田徹也さんの公開対談「生きることの不安を問い直す」を聞きに行きました。そのことは翌日のブログに書いたのですが、書き足りないので連想を広げながら、つまり「とりとめなく」もう少し続けます。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 対談のときに、磯野真穂さんから「摂食障害の女性は、食べ物を多面的に見られなくなってしまう」という話がありました。連想が閉ざされ、数値(カロリー)という一面的な見方しかできなくなってしまうという話です。そうなってしまう背景には、そうさせてしまう社会があり、磯野さんの著書『なぜふつうに食べられないか』には次のように書かれています。

 

私たちは身体を「感じる」のではなく、「計って知る」ことを日々要請される世界に生きている。

 

 そんな話を聞きながら、そういえばここ(代官山蔦谷書店のイベントスペース)でアマゾンの料理人こと太田哲雄さんから一杯の「ホットアマゾンカカオ」(カカオの種と果実からつくったドリンク、ジャングルでとれたはちみつ入り)を振る舞ってもらったことがあったなぁなんて思い出していました。2年くらい前の話です。摂食障害の人が連想を閉じてしまうのに対して、料理に対する太田哲雄さんの開かれ具合といったらそれはもう記念碑的で、そしてそれは人生に対する開き具合も同じで、先週の対談のときの磯野さんの言葉を借りれば「偶発的に会うもの」を取り込みながらラインを描くという人生をまさに語っていたなぁと、そんなことも、アマゾンでとれたハチミツの味とともに思い出しました。ラインというのは磯野真穂さんと宮野真生子さんの『急に具合が悪くなる』で引用されているイギリスの文化人類学者、ティム・インゴルドが著書『ラインズ』で使っている言葉です。


 徒歩旅行は、運動を伴ったライン。
 輸送は、運動を奪われたライン。

 

 運動を伴ったラインは連想を開き、多面的。
 運動を奪われたラインは連想を閉じ、一面的。

 

「徒歩旅行」が「輸送」に覆い尽くされようとしている現代社会の中で、たまたま目にしたテレビ番組の『料理の鉄人』がきっかけとなって料理人を目指すことになったという、太田さんの人生の何と開けていることか。『アマゾンの料理人』には、磯野さんと同じ長野県出身の太田さんが、日本から西欧、そして南米へと運動を伴ったラインを描いていく様子が、タッチは違えど沢木耕太郎さんの『深夜特急』なみのおもしろさで書かれています。

 

アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所

アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所

  • 作者:太田哲雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/02/23
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 太田さんに振る舞っていただいた「ホットアマゾンココア」と、太田さんの「運動を伴ったライン」を思い出していたら、磯野さんの対談相手である哲学者の古田徹也さんが、多面的だったものが一面的になってしまう現象のひとつとして、次のようなエピソードを紹介してくれました。大学の人事に関する話で、ラディカルに要約すると、次のようになります。

 

 あるときから大学の人事にポイント制が敷かれるようになった。Aさんは毎年優れた研究成果を発表しているので1000ポイント、Bさんは停滞しているので200ポイント、Cさんはもう少しでブレイクスルーを迎えそうなので600ポイント、Dさんは……。全体の総量としてのポイントは決まっていて、でもそれは毎年減っていくことになっている。

 

 ポイント制が敷かれた結果、どうなったのか。

 

 同僚に対する尊重と無関心がなくなっていった。そして関心が増していった。でもそれはポイントという一面に限った関心であり、例えばAさんがいなくなれば1000ポイントが大学に還元されて、そのうちの数百ポイントは私に与えられるかもしれない。


 そういった関心です。


 幸い、古田さんの勤めている東京大学の話ではないそうですが、社会が要請する「計って知る」弊害がよくわかるエピソードで印象に残りました。古田さんの、思案しつつ、ためらいつつ、言葉を選びつつ、それこそ「徒歩旅行」的に語る姿も印象に残りました。

 

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代官山蔦谷書店にて(2020.1.30)

 

 最後に、連想をもうひとつ。

 

 古田さんの話から、以前に同じ学年を組んだ同僚のことを思い出しました。民間出身で、もともとは京都にある有名な着物会社の社員さんだった初任の先生(♂)です。その先生が前職を振り返ってこんな話をしていました。

 

 会社で働いていたときには、どんなに容姿端麗なお客さん(♀)が来ても「カネ」にしか見えなかった。勤め始めた頃は違ったけど、だんだんとそうなっていった。気がついたときにはもう、お客さんが店に入ってきた瞬間に「いくらくらいの着物を買ってくれるだろう」って査定するような目で見るようになっていた。お客さんと会話を交わしているときも、そのお客さんの人生なんかには全く興味がわかなくて、ただただ「カネ」だった。

 

 運動を奪われたライン。

 

 そんな話です。だから会社に行くのが毎日「イヤ」だった、とのこと。小学校で働くようになって、出勤するのが「イヤ」だと感じたことは一度もない、とも話していました。小学校については、まだ1年目だったのでそう思ったのかもしれませんが、いずれにせよ、この話も「運動を奪われたライン」のこわさを伝えているなぁと思います。

 

 運動を伴うラインを描くこと。

 

「偶発性に驚くには知性的な努力が必要」という古田さんのひとことも頭に入れつつ、意識していきたいものです。

 

 ラインを描こう🎵

 

 

ラインズ 線の文化史

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なぜふつうに食べられないのか: 拒食と過食の文化人類学

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急に具合が悪くなる

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言葉の魂の哲学 (講談社選書メチエ)

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