田舎教師ときどき都会教師

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遠山啓 著『数学入門(上)』より。シカクいアタマをマルくする円の授業と変形労働時間制について。

 たとえば1170年に設計された代表的なゴシック建築であるパリのノートル・ダム寺院がそうである。上から見た平面図も、横から見た立面図も、すべて直線と円によって組立てられている。
~中略~
 したがって当時の建築師たちにとって、ユークリッドの『原論』は必修科目であった。彼らの紋章が今でも多く残っているが、その中には定木とコンパスを組合わせたものがある。このことは円と直線が建築師のもっとも大切な図形であったことを物語っている。
(遠山啓『数学入門(上)』岩波新書、1959)

 

 4年生の子に「塾の勉強ばかりしていたら頭が固くなるよ」と言ったら、すぐに「でも先生、僕が行っているのはシカクいアタマをマルくする塾だよ」と返されました。日能研のキャッチコピーです。笑ってしまいました。教育実習校にて、変形労働時間制なんていう概念の予兆さえなかった20年近く前の話です。

 頭のやわらかかったその子に、シカクとマルにひっかけて次のような問題を出題しました。与えられた円と面積の等しい正方形を定規とコンパスだけでつくりなさい。古代の幾何学者たちがつくった「円の正方形化(円積問題)」という有名な難問です。マルをシカクに、シカクをマルに。さて、できるでしょうか。

 

 ヒントは円周率。

 

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円積問題

 

 冗談のつもりで出題したのですが、翌朝、200%くらい試行錯誤したのだろうなと思えるノートを手に「ママとパパと一緒に夜中までがんばったけどできませんでした。次のヒントをください」とまっすぐな目で言われ、固まってしまいました。「ママとパパも答えではなくヒントがほしいって言っていました」。まずい、教育実習生なのに家族を巻き込んでしまった。今さら「実はそれ、できないんだよ」なんて言えない。頭をマルめるわけにもいかない。

 

 日能研の先生に聞いてみるといいよ。

 

 そんな返しはしていないと思いますが、焦った記憶だけが残っていて、その後のことはよく覚えていません。ただ、円に関係する授業をするたびに、そのときの焦りとその子のまっすぐな目を思い出します。

 

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今年ももうすぐやってくる雪の季節。前任校にて(18)

 

 建築士(師)が大切にしている円と直線に関係する授業を2つ紹介します。

 

 1つ目は図工っぽい授業。 

 

 2018年の冬に、東京都の新宿区にある日本出版会館に足を運んで、国際ESDワークショップに参加しました。ESDというのは、Education for Sustainable Developmentの略で、日本語では、持続可能な開発のための教育と訳されています。ESDは、教科のねらいだけでなく、サステイナビリティーに関する要素(循環、幾何学、多様性など)にも光を当てて授業をつくり、その積み重ね(ホールスクールアプローチ)によって学校を価値づけていきます。

 

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公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター主催

 

 当日の講師は、英国のチャールズ皇太子に「ミスターサステイナビリティー」と呼ばれているという、英国サリー州の公立小学校アシュレイ校校長(当時)のリチャード・ダンさんです。会場には、ダンさんの謦咳に触れようと、全国から多くの教育関係者が集まっていました。

 ダンさんに教えてもらったワークのひとつが「身の周りにある自然の幾何学模様を絵に描いて再現する」というもの。これなら子どもたちにもできそうだと思い、ちょうど雪の降った日に同じワークを試みてみました。再現したのは、フラクタルと呼ばれる幾何学模様の代表選手である「雪の結晶」です。建築士に負けず劣らず、子どもたちは円と直線を武器にして、夢中になって自然の美しさを再現していました。

 

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3年生がコンパスと定規で描いた雪の結晶

 

 2つ目は、算数っぽい授業。

 

 爪楊枝を使って円をつくってみようという内容です。3年生や4年生の子どもたちに「爪楊枝を使って円をつくってみよう」と呼びかけると、円の定義を知らなくても知っていたとしても、多くの場合、次のように爪楊枝を並べます。

 

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爪楊枝を使って円をつくってみよう!

 

 円ではないですよね。多角形ってやつです。友達と協力してやってもこんな感じになります。

 

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外側に大きな円を作り、さらに円らしく、という発想。

 

 協力すると圭角が取れて人間関係も円満なものになりますね、なんて心の中で思いつつ、シカクいアタマがマルくなるのを待ちます。

 しばらくすると、次のように並べ始める子が出てきます。すかさず「あっ、〇〇さん、ちょっとみんなと違うことをし始めたよ」と伝えます。「これはもしかしたら半径かな?」なんて。

 

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シカクい頭がだんだんマルくなってきた🎵

 

 あとはもう、誰かの「あっ、そうか!」という声を待つばかり。〇〇さんの試行錯誤にヒントをもらった別の子が、見事な円をつくります。

 

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花火みたいだ! ウニみたいだ!

 

 最初から正解の子がいた場合には、多角形をつくっている子と話し合ってもらえばOK。自然と円の定義にたどり着きます。いずれにせよ、発想の転換というか、シカクいアタマをマルくすることって、大切だなぁと思います。

 

 アタマがシカクくなっていないかどうか。

 

 鈴木大裕さんが『崩壊するアメリカの公教育』の中で紹介している、言語学者であり社会運動家でもあるノーム・チョムスキーの言葉が示唆に富みます。

 

 いかなる抵抗をも抑圧し得る賢い方法は、議論の範囲を制限し、その中で活気ある議論を奨励することだ。

 

 変形労働時間制の導入法案についてのニュースを追っていると、そのあまりにも残念な展開に、もしかしたら私たち教員は円積問題のように「できない問題」を解かされているのではないか(?)とか、フラクタルに似た堂々巡りをしているのではないか(?)とか、議論の範囲を制限されているのではないか(?)とか、そんなふうに思ってしまいます。

 

 そろそろ雪の季節。

 

 寒さでアタマがシカクくなりませんように。

 

 

数学入門〈上〉 (岩波新書)

数学入門〈上〉 (岩波新書)

 
崩壊するアメリカの公教育――日本への警告

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