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成毛眞 著『2040年の未来予測』より。子どもも大人も、未来を予測して計画を立てる力をつける。

 ここまで読みすすめたあなたは気づいただろうが、本書が示す将来はけっこう暗い。希望が持てるシナリオもいくらか示したつもりだが、絶望的な気分になった人も少なくないかもしれないので、最後にひとついっておこう。そこまで悲観する必要はない。なぜならば、いつの時代も高齢者は将来を悲観し、若者は未来を楽観するからだ。
(成毛眞『2040年の未来予測』日経BP、2021)

 

 こんばんは。昨日の出勤(🚃)のお供は、成毛眞さんの『2040年の未来予測』でした。子どもたちの考えも聞きたいなと思ったので、朝の会のサークル(10人 ✕ 4グループでのしゃべり場)のテーマを「2040年の世界はどうなっているか  ~テクノロジーの進歩~」としたところ、以下のような意見が出ました。小学5年生らしい未来予測です。

 

・空飛ぶタクシーが当たり前になっている。
・空にドローンが飛んでいるのが当たり前。
・自動運転が発展。
・ロボットばかりになって人の仕事がなくなる。
・レジなどがなくなる。
・すごい変化はない。
・先生がAI。
・計算する機械の計算がもっと速くなる。
・アイフォン20が出ているかも。
・喋らなくても脳の指令で会話ができる。
・子どもも親も死なない。
・椅子に座っただけで病名がわかる。
・医療技術が進歩して手術が簡単にできる。
・感染症が続いてテレワークが続いている。
・地球温暖化で南極の氷が溶けて通学路が水浸しに。
・毎日、夏。

 

 すごい変化はない、という声もありましたが、基本的には成毛さんの未来予測に「当たらずといえども遠からず」というか、空飛ぶ車とか無人レジとか処理速度アップとか医療技術の進歩とか、ずばり「当たっている」ものも多くありました。テクノロジーの進歩というテーマにもかかわらず、温暖化の話をしている子がいるところも『2040年の未来予測』の構成と同じで、なかなかよいところをついているなぁと思います。温暖化をはじめとする天災は、テクノロジーによる「解決」或いは「減災」に期待するしかないからです。

 

 

 成毛眞さんの『2040年の未来予測』を読みました。00年にマイクロソフト日本法人の社長を退いてから、すなわち物書きを本格的にはじめてから約21年になるという成毛さんが《充電も兼ね、本書をもって執筆生活を一休みしようかと考えている》という一冊です。章立ては、以下。

 

 chapter #01 テクノロジーの進歩だけが未来を明るくする
 chapter #02 あなたの不幸に直結する未来の経済 ―― 年金、税金、医療費
 chapter #03 衣・食・住を考えながら、未来を予測する力をつける
 chapter #04 天災は必ず起こる

 

 chapter #03 にある「未来を予測する力」という言葉は、ESD(Education for Sustainable Development/持続可能な開発のための教育)の研究校にいたときによく使っていました。正確には「未来を予測して計画を立てる力」ですが、そういった力をつけるためにはどのようなカリキュラムをつくっていけばいいのか。そのことを考えるためにも役立つ一冊のように思います。

 

 日本の未来は暗い。でも、希望はある。

 

 2040年の未来予測をざっくりと表現すると、そうなります。日本の未来が暗いのは、老人が増えて国が貧しくなるため(chapter #02)& 天災が必ず起こるため(chapter #04)。その暗さを何とかするために、テクノロジーの進歩という希望が chapter #01 に掲げられます。

 スマートフォンの登場からのこの約10年で、私たちの生活様式はガラッと変わりました。成毛さん曰く《そして、これまでの10年よりこれからの10年の方が世界は大きく、早く変わるだろう》云々。0歳児と10歳の子どもが全く違うように、世界もまた、テクノロジーの力によって大きな変化成長を遂げるに違いないというわけです。

 

 テクノロジーの進歩「だけ」にしか希望はない。

 

 chapter#01 には、例えば《画像認識とセンサー、通信を利用すれば、洗面所の鏡の前に立つだけで、表情や顔色、心音などで健康も診断してくれるようになるだろう》とあります。子どもたちの未来予測にある「椅子に座っただけで病名がわかる」と同じ未来です。老人が増えても、病気の早期発見等によって医療費の高騰を抑えることができれば、高齢化に伴う未来の暗さに灯をともすことができるかもしれません。テクノロジーの進歩「だけ」というのはそういうことです。温暖化や台風、地震などの天災についても、成毛さんは《個人的には、1章で示したようにテクノロジーが解決してくれるのではと楽観的に考えている》と書いています。

 

 では、教育は?

 

 教育については、未来を予測して計画を立てるために必要な《いろいろなものの詰め合わせのセット》のひとつとして、衣・食・住などとともに chapter #03 で触れられています。

 

・オンライン教育はあたりまえになる。
・アメリカの大学は富裕層以外は行けない。
・日本では学歴の意味がなくなる。

 

 初等教育に関係するのはこの3つでしょうか。ちなみに chapter #02 にも一カ所だけ教育についての小見出しがあって、それは「教育分野は2040年には厳しい」というもの。教育支援産業や定員割れが危惧されているような大学は厳しいということです。少子化ですからね、当然です。

 アメリカの大学は富裕層以外は行けないというのは、アメリカでは若年層の人口が増え続けているからです。若者が増え続ける限り《アメリカの教育産業は「一流大学に入れないと高給取りになれない」という宣伝文句をはき続けるはずだ》とのこと。教育の大切さを煽ることで大学進学率が高まり、皆、借金をしてでも入学しようとすることから、授業料も上がって「富裕層以外は行けない」という未来予測が成り立ちます。

 

 日本は違います。

 

 アメリカの逆です。少子化が進むことから《若い人の人口が減り、売り手市場になった。学歴が持つパワーは、就職戦線でかつてほどはなくなってきている。これからはなおさらだろう》という未来予測が成り立ちます。小学校の教員でいえば、すでにもう、大学院卒から専門学校卒まで、学歴(学校歴)はかつてないほどに多様になっています。学歴が持つパワーがかつてほどはなくなっている証拠でしょう。とはいえ、保護者の意識にはまだ学歴信仰が残っていて、そのことが教育の変わらなさを後押ししているように思います。

 

 日本の経済はずっと停滞しているが、テクノロジーのおかげで暮らしは大きく変わり、生活は便利になった。ただ、教育については、変化がほとんどない。その変化のなさは愕然とするほどだ。インターネットが教育を変えるとうたわれながらも、教育現場は昭和の光景と大して変化がない。

 

 学歴信仰に伴う受験勉強を柱とした教育が行われ続ける限り、教育現場の光景はこれからもあまり変わらないかもしれません。教室での ICT の活用は進むと思いますが、小学校についていえば、例えば「オンライン授業はあたりまえ」とはならないような気がします。その理由はといえば、オフラインでの協同学習や遊んだりケンカしたりに勝る初等教育は「ない」と思うからです。もちろん、子どもたちの意見にある「先生が AI」と同様に、オンライン授業もオプションとしては「あり」だと思いますが。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 ガンジーは「世界の中で自分が見たいと思う変化に、あなたが、なりなさい」という言葉を遺しました。一方、成毛さんは、2040年の未来予測を踏まえて《「あなたの力で国を変えよう」などと間違っても思うな》と書いています。さて、なぜでしょうか。

 

 しあわせな2040年を迎えるために。

 

 未来を予測して計画を立てる力を!

 

 

2040年の未来予測

2040年の未来予測

  • 作者:成毛 眞
  • 発売日: 2021/01/01
  • メディア: Kindle版