田舎教師ときどき都会教師

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織守きょうや、坂井希久子、額賀澪、原田ひ香、柚木麻子 著『ほろよい読書』より。君たちはどう生きるか。

「でもま、しょうがないよね。もうナオのいない世界には戻れないし、考えたくもない。体はキツいし悩みごとも増えたけど、全部帳消しになっちゃう瞬間があるから。妊活頑張った甲斐があったよ」
「そっかぁ」
「いいよ、子供。予測不可能で」
 カランと、手にしたグラスの中で氷が鳴る。とろりとした甘い梅酒。心の表面のささくれも、優しく覆ってくれればいいのに。

(織守きょうや、坂井希久子、額賀澪、原田ひ香、柚木麻子『ほろよい読書』双葉文庫、2021)

 

 こんばんは。昨日、久しぶりに映画館に行って、人生初となる「はしご」をしてきました。宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』と、クリストファー・マッカリー監督の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』です。

 

 いいよ、映画。予測不可能で。

 

 ナオの母に倣ってそう言いたいところですが、どちらも過去の作品へのセルフオマージュ的なシーンが多く、予測可能で、やや冗長に感じました。もちろん、その冗長さが全部帳消しになっちゃう瞬間もありましたが、期待していただけに、もやもやが残ったというのが正直なところです。

 

 でもま、しょうがないよね。

 

 ちなみに2本の映画をくっつけると、戦争や気候変動に加えて、人工知能の暴走が噂されるような世の中を、つまりよりよく生きていくことがインポッシブルに思える未来を、君たちはどう生きるか、となります。これが最後の作品になるという宮﨑駿さんらしい問いかけです。とはいえ、どう生きるも何も、例えば結婚というミッションだけでも、あるいは仕事と子育ての両立というミッションだけでも、相当にインポッシブルというのが、20代~40代の観客のリアルでしょう。パートナーや思春期の娘二人の機嫌を損なわないというミッションもかなりインポッシブルです。今日も朝から怒らせてしまいました。さっきも。

 

 正直、酔わずにはいられません。

 

 

 織守きょうさん、坂井希久子さん、額賀澪さん、原田ひ香さん、そして柚木麻子さんの『ほろよい読書』を読みました。5人の女性作家たちが描く「お酒」と「人」の物語集のパート1です。ちなみにパート2のタイトルは『ほろよい読書  おかわり』で、特に青山美智子さんと朱野帰子さんの作品がおもしろいぞ~、牡蠣を食べたくなるぞ~、という話を前回のブログに書きました。

 

 おかわりというネーミングが、よい。

 

 

 目次は以下。

 

 ショコラと秘密は彼女に香る 織守きょうや
 初恋ソーダ 坂井希久子
 醸造学科の宇一くん 額賀澪
 定食屋「雑」 原田ひ香
 bar きりんぐみ 柚木麻子

 

 続編の「おかわり」と同様に、どの作品を読んでも酔えますが、私の場合は坂井さんの『初恋ソーダ』と原田さんの『定食屋「雑」』が特に酔えました。陶酔です。

 

「ねぇ、子供がいるってどんな感じ?」
「お、酔ってきたね」

 

 坂井さんの『初恋ソーダ』より。独身の果歩と、冒頭の引用にある「ナオ」というお子さんを育てている詩織の「ほろよい会話」です。二人は四十代。氷河期世代に入社した同期で、果歩は出世し、詩織は出世コースから外れたところで仕事をしています。

 

 詩織は次のように答えます。

 

「不便だよ。仕事もメインストリームを外れたって気がするし、こうして居酒屋でビールを飲むことさえ、当たり前でなくなった。自分の人生が奪われたみたいで、どうにもやり切れなくなることがある。そのくせ八ヶ月で保育園に預けて職場復帰ってなったら、もっと傍にいてやったほうがいいんじゃないかと悩んだり、一人歩きができるようになったって保育士さんから聞かされて、一番に見たかったと涙ぐんだりもする」

 

 君たちはどう生きるか、という話です。詩織は愚痴を言いながらも、表情は晴れやかなんですよね。結婚、妊娠、出産を経験しなかった果歩は、そんな詩織を見ながら、ありえたかもしれない人生に思いを馳せます。小学6年生だったときには、20年後の自分に向けて《二十年後の私へ。こんにちは、三島果歩さん。ううん、苗字はきっと変わってるよね。子供は何人いますか。もしかしたら、同じ小学校に通ってるかもしれませんね》なんて書いていたのに。結婚や出産が、こんなにもインポッシブルなものとは誰も教えてくれなかったのに。こうなったらデッドレコニング(推測航法 = 航行した経路や進んだ距離、起点、偏流などから、過去や現在の位置を推定し、その位置情報をもとにして行う航法のこと)を人生に応用して、どう生きるかを考えていかないと(!)とは書いていないものの、ここから先が映画『ミッション:インポッシブル』のような展開なんです。急展開ということです。ネタバレになりますが、詩織とのほろよい会話を終えた果歩が一人でバーに寄って、そこで男と会って、自宅に連れ込んで、一緒に酒を飲んでって、

 

 おい。

 

 十二歳の果歩ちゃんの、無邪気な問い。結婚というものに漠然とした憧れを抱いていたあの子に、今なら言える。

 

 さて、何と言ったのでしょうか。それは読んでみてのお楽しみです。と同時に、原田ひ香さんの『定食屋「雑」』に登場する主人公の三上沙也加に届けたいメッセージでもあります。こちらの物語については、それこそ「雑」な紹介になってしまいますが、結婚生活というミッションがうまくいっていないんですよね、紗也加は。どれくらいうまくいっていないのかといえば、旦那さんが出て行ってしまうくらいに、です。

 

「もう、うんざり。一緒に暮らしている相手にさげすまされながら生きるのは」
 そう言って、健太郎は出て行った。

 

 いいよ、未来。予測不可能で。

 

 君たちはどう生きるか。