田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

朝井リョウ 著『正欲』より。地球に留学しているみたいな感覚なんだよね、私。

 こっちはそんな、一緒に乗り越えよう、みたいな殊勝な態度でどうにかなる世界にいない。マイノリティを利用するだけ利用したドラマでこれが多様性だとか令和だとか盛り上がれるようなおめでたい人生じゃない。お前が安易に寄り添おうとしているのは、お前が想像もしていない輪郭だ。自分の想像力の及ばなさを自覚していない狭い狭い視野による公式で、誰かの苦しみを解き明かそうとするな。
(朝井リョウ『正欲』新潮文庫、2023)

 

 こんばんは。想像もできない輪郭の家庭環境で育っているんだろうな、この子は。何度かそういった子の担任をしたことがあるので、冒頭の引用はそのまま教員の「正欲」に対する牽制として読めます。自分の想像力の及ばなさを自覚していない狭い狭い視野による公式で、

 

 児童の苦しみを解き明かそうとするな、と。

 

 まぁ、でも、仕事です。苦しんでいる「かもしれない」児童を放っておくわけにはいきません。放置せず、安易にではなく「慎重」に寄り添いたいからこそ、定時に退勤し、本を読んだり人と会ったりフラッとどこかに出かけたりして、自分の想像力の及ばなさを自覚したい。狭い狭い視野を少しでも広げたい。精度の高い公式を導きたい。だからお願いです。

 

 仕事、減らせよ。

 

 

 朝井リョウさんの『正欲』を読みました。朝井さんの本を読むのは、エッセイ集『時をかけるゆとり』に続いて2冊目です。そのエッセイ集に、朝井さんが小学6年生だったときのエピソードが載っており、この人はわかっている(!)と思って小説も読んでみたくなりました。私の正欲が当為(まさになすべきこと)としてうずいたのでしょう。初等教育の大切さに理解を示す作家の本は、

 

 読まなければいけない!

 

www.countryteacher.tokyo

 

 タイトルが巧いですよね。性欲ではなく、正欲。本屋で面陳されているのを目にしたときからずっと気になっていました。正しさを欲するといえば、宗教が典型でしょうか。

 

 キリスト教の正義、すなわち正欲。
 イスラム教の正義、すなわち正欲。

 

 キリスト教の正欲とイスラム教の正欲がぶつかり合った結果は、歴史の教科書が示す通りです。つまり正欲と正欲がぶつかり合うと、それが宗教であれ個人であれ、一冊の小説になるくらいの、それも柴田錬三郎賞を受賞する小説になるくらいの、

 

 事件が起きる!

 

 

 例えばこんな正欲。

 

 学校は、自動的に人との繋がりをくれる場所だ。それがどれだけ恵まれていることなのか。どう伝えればわかってもらえるのだろうか。

 

 不登校のひとり息子(小学生)を抱える寺井啓喜の正欲です。名前からして正欲が強そうですよね。しかも職業は検事。学歴社会を勝ち抜いたエリートゆえ、当然、学校には行って当たり前だと思っています。

 

 寺井啓喜 VS. ゆたぼん

 

 ゆたぼんというのは「学校なんて行かなくていいんだ!」という正欲を爆発させたことで知られる少年革命家のことです。啓喜のひとり息子にとっては英雄です。同じ正癖をもつ者は、同じ性癖をもつ者同士がそうであるように、

 

 つながりやすい。

 

 八重子は、自分が発する言葉によって自分の体温が上がっていくのを感じる。外見を競わせることでルッキズムを延長するミス・ミスターコンテストを廃止するだけでなく、多様性を称える祝祭の場を設ける ―― 紗矢に提出する企画書の文章が、八重子の頭の中でどんどん出来上がっていく。

 

 多様性は善という、大学生の神戸八重子の正欲です。彼女は、同じ正欲をもった仲間とつながり、ダイバーシティーフェスを企画します。

 

 神戸八重子 VS. ブレイディみかこさんの息子さん

 

 ブレイディみかこさんの息子さんというのは、中学生にして「多様性はややこしい」という認識に至った、おそらくは高IQの持ち主です。その経緯は、ブレイディさんのベストセラー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に詳しく書かれています。

 

 読みましょう。

 

 ブレイディさんの本も朝井さんの本も読みましょう。読めばわかります。もしも八重子が高IQの息子さんのように「多様性はややこしい」って、少しでも思っていたとしたら、怒りを買うこともなかったのにって。怒りというのは、冒頭の引用に示したそれです。

 

 怒りの主は、宇宙人(♂)。

 

「地球に留学しているみたいな感覚なんだよね、私」

 

 契約社員として働いている、桐生夏月(♀)の台詞です。多様性には収まりきらないような「性欲」をもっている人がいるんですよね、この世界には。いわば宇宙人です。本人たちも、そのことを自覚している。そしてそういった人たちにとって、啓喜や八重子のような「正欲」は、

 

 しんどい。

 

 

 教員の働き方が危機的な状況にある(by 先日の中教審の提言)のは、現場で働いている人たちの正欲のためだなって、今日、改めてそう思いました。この期に及んで仕事を増やす人たちがいるんですよね、職場に。曰く、子どもたちのためにって。教職を、産休代替が見つからないくらいヤバイ職業にしてしまうことは、果たして子どもたちのためになっているのでしょうか。正直、私も《地球に留学しているみたいな感覚》になりました。

 

 夏月は仲間を見つけます。

 

 私も見つけたい。