田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

働き方と、取り返しのつかなさと

 娘が中学生になった。小学生の娘はもういない。
 凡庸な表現になるが、娘の誕生からここまで、ほんとうにあっというまだった。あっというまだとは聞いていたが、予想以上に短かった。娘が生まれてすでに12年が過ぎた。あと12年すれば24歳で、そのころ娘がどうなっているか想像もつかない。結婚しているかもしれないし、国外に出ているかもしれない。娘と同居できる時間は早くも残り少ない。
 それにしても、なぜこんなに早く感じるのか。ぼくの考えでは、答えは「取り返しのつかなさ」にある。

東浩紀『ゆるく考える』河出書房新社、2019)

 

 ゆるく考えるを地で行った結果なのでしょうか。取り返しのつかないことになっている、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」。14日には、企画アドバイザーを務めていた東浩紀さんが辞意を表明し、おそらくはさらなるカオスに……。って、ニュースで流れている以上のことは知りませんが、「パパ、ちゃんと寝てるのかなぁ」なんて、中学生の娘さんが心配しているのではないかと、同じ年頃の娘をもつパパとしては想像してしまいます。家族とゆるく過ごすことのできる、せっかくの、それこそ取り返しのつかない夏休みなのに。

 

 東さん、おつかれさまでした。

 

 小説家の高橋源一郎さんが Twitter でそうつぶやいていました。情があって、素敵です。あいちトリエンナーレ2019のテーマは「情の時代」。

 

 感情の情、或いは情報の情といえば、2年前、『ゲンロン0 観光客の哲学』の出版記念イベント(東さんと宮台真司さんとの対談)に参加したときに、東さんが「両親と一緒に食事をするのも、最近は年に1、2回しかないから、あと10年くらい両親が生きていてくれたとしても、もう数えるほどにしか家族団欒の機会がない。子どものときは毎日一緒に食べていたのに」と、情感というか、切迫感のようなものを込めて話していたことを覚えています。

 

 娘と同居できる時間も、
 親と食事できる回数も、

  

 早くも残り少ない。だからこそ、小学校の教員も、中学校の教員も、田舎教師も都会教師も、もちろんその他大勢の大人も、過労死レベルなんかで働いている場合ではない、と強く思います。

 

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贅を楽しむ、鯖

 今日は遠方から実家の両親と姉夫婦がやって来て、ゆるく食事を楽しみました。食卓には、かつての教え子ファミリーから届いた、大きな鯖。包装には「贅を楽しむ」と書かれていました。

 

 取り返しのつかない今を大切にすること。

  

 贅を楽しむ。

 

 そんな働き方を次世代に!

 できれば自世代にも!!!

 

ゆるく考える

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ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学