偉大なる天体よ! もしあなたの光を浴びる者たちがいなかったら、あなたははたして幸福といえるだろうか!
(ニーチェ 著、氷上英廣 訳『ツァラトゥストラはこう言った(上)』岩波書店、1967)
おはようございます。昨日、神田の神保町にある古書店街を歩いていたら、偶然、8年前の教え子に会いました。すれ違いざまに「先生!?」って。嬉しいものです。5年生のときに受けもった子で、誰だかわからないくらい、すっかり大人びた女性になっていました。
「太陽、まだ全部もっています」。
太陽、懐かしいなぁ。「太陽」というのは、当時、ブログ代わり(?)にせっせと書いていた学級通信のことです。ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』からヒントを得て付けた「太陽」というタイトル。誰もが誰かの太陽(!)。子どもたちの日々の振り返りの短作文を毎週全員分載せていたので、クラスが解散した後も「捨てられない日記」のような気持ちでとっておいてくれる子がいるようです。
彼女もそんな、太陽の一人。
あたたまった心がさめないうちに、家に帰ってからすぐに「太陽」を引っ張り出し、久しぶりにパラパラと目を通してみました。
夏休み明けの「太陽」より。
保護者のみなさま、お久しぶりです。夏休み、いかがお過ごしでしたか。今日、子どもたちにも話した、担任の夏の思い出をひとつ、紹介します。
8月の半ばに北信州の野沢温泉に行ってきました。到着したその日の夜に次女が体調を崩し、翌日にとんぼ返りする羽目になったのですが、時間の許す限り街のあちこちにある公衆浴場(共同浴場)に妻と交代で足を運んできました。こんなところです。
地元の人や旅行者で賑わう、江戸時代から続く公衆浴場。熱気にむせかえる場であつ~いお湯に身を浸していると、昔、ある本で読んだ歌が頭に浮かんできました。
意見を異にする人々の熱気にむせかえる場では
言論の自由は許されてしかるべきもの
それこそが公衆浴場
なぜなら他のいったいどこで
これほど自由に談ずることができよう
上記「公衆浴場」のところを「コーヒー・ハウス」に置き換えると、臼井隆一郎さんの『コーヒーが廻り世界史が廻る』という本に出てくる歌になります。1652年にロンドンで誕生した一軒のコーヒー・ハウス。その「場」が人々をつなぐハブとなり、公権力に対する「世論」という新たな近代的権力ファクターを生んだ。そういった話です。

コーヒーが廻り世界史が廻る―近代市民社会の黒い血液 (中公新書)
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現代でいえば Twitter や Facebook などの SNS に相当するでしょうか。コーヒー・ハウス的、SNS 的な可能性を秘めていた公衆浴場。江戸時代に日本を訪れた、トロイア遺跡の発掘で知られるハインリッヒ・シュリーマンは、次のように記しています。
この点について、日本の権力者たちは、長い経験と人間性についての洞察によって、ある完全な答を得ていたにちがいない。彼らは、公衆浴場で民衆が自由にしゃべりたいことをしゃべっても、国家安泰にはいっこうに差し支えがないと、判断したのである。
(ハインリッヒ・シュリーマン『シュリーマン旅行記 清国・日本』講談社学術文庫、1998)
国家安泰に差し支えのなかった公衆浴場。
国家安泰に差し支えたコーヒー・ハウス。
パラフレーズすれば、熟議の苦手な日本社会と議会(パーラメント)を生んだ欧米社会という図式になります。
熟議の5年1組。
昨年、菅直人首相が国会での所信表明演説で「熟議の国会」という言葉を使っていました。今日からはじまる前期の後半戦、国会に負けず劣らず、熟議のできるような学級を目指して、指導に支援に力を入れていきたいと思います。ご協力、引き続きよろしくお願いいたします。
8年前は、明るい未来をもたらすものとして期待され、脚光を浴びていた「熟議」という言葉。文部科学省も「子ども熟議」なんて言っていましたが、最近はほとんど耳にしなくなりました。学校でも聞かないし、国会についていえば、報道を見聞きする限り、熟議という概念の予兆すら感じられません。
栄枯盛衰は世の習い。
熟議の代わりによく耳にするようになったのは、対話という言葉です。主体的・対話的で深い学び、云々。でも、目指すべきところは熟議と同じような気がします。そうだとしたら、言葉としての運命も、きっと熟議と同じです。それはおそらく、燃え続ける太陽のようにはいかない。
8年後は、どんな言葉が未来をまとって登場してくるのか。
8年後は、誰が大人びた服をまとって声をかけてくるのか。
I'd like some more coffee!

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)
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