田舎教師ときどき都会教師

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映画『新聞記者』(藤井道人 監督作品)より。正直、これはヤバイぞ。さて、どうするか。

「詩森ろばさんが書かれたシナリオは、政治サスペンスとして非常に完成度が高かった。そこに説明や補足を加えたり、逆に映像で語る手法を考えたりして、より広い層からのアクセスを集めるのが僕の役割でした。脚本作りの行程では原案の望月さんはもちろん、多くの新聞記者さん、また物語では権力側として描かれる官僚の方々にも協力していただいています。取材を通して痛感したのは、『知らない』という状態の怖さです。自分に知識が少ないことは、最初から自覚していました。でもいろんなことを調べていくうちに、何も『知らない』状態に慣れそれを不思議とも感じていなかった自分に気付いたときに、正直“これはヤバイぞ……”と怖くなりました。このとき抱いた焦りや危機感も、作品を完成させるうえで大きな力になっています」(藤井監督)
(劇場用パンフレット『新聞記者』KICCORIT、2019)

 

 こんばんは。8月末に「滑り込みセーフ」で以前から気になっていた映画を観てきました。参院選のときに話題となっていた、映画『新聞記者』(藤井道人 監督作品)です。原案となっているのは中日新聞の記者である望月衣塑子さんの同名の著書、完全ノンフィクションの『新聞記者』です。望月さんの姿をメディアでよく目にしていたからでしょうか、フィクションとノンフィクションのあいだで脚色の妙を大いに楽しむことができました。場所は渋谷のユーロスペース。何度行っても飽きない、大好きな映画館のひとつです。

 

新聞記者

新聞記者

  • シム・ウンギョン
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 損得よりも正しさを追求する新聞記者(♀)
 損得と正しさの狭間で揺れる官僚(♂)

 

 社会学者の宮台真司さんが、著書『ウンコのおじさん』などで、ポストにしがみつく官僚の特徴を「正しさよりも損得」にあると喝破しています。その表現を借りると、映画『新聞記者』に登場する主人公の二人は、損得よりも正しさを追求する新聞記者(♀)と、損得と正しさの狭間で揺れる官僚(♂)と説明することができます。ちなみに国家権力の闇に迫ろうとする新聞記者・吉岡エリカに扮しているのは韓国人のシム・ウンギョンさん、そして現政権に不都合なニュースをコントロールする任務を与えられたエリート官僚・杉原拓海に扮しているのは俳優の松坂桃李さんです。

 

 これはヤバいぞ。

 

 映画の感想の前に、昨夜のワンシーンから。一回り年下の友人(♀)と、仕事帰りに繁華街を歩いていたときに、その友人から聞いた話です。

 友人曰く「わたし、最近、怖くてここ歩けなかったんです。この前、酔っ払ったおじさんがそこで寝てて。そのおじさんから、若者二人が財布を盗っちゃったんですよね。それでわたし、放っておけなくて、その二人組を注意しちゃったんです。返しなさいよって。正義感っていうかなんていうか。足とか震えちゃってるのに。さいわい若者のひとりがわりとまともで、財布をおじさんの服に戻してどこかへ行っちゃったからよかったんですけど。それ以来、ちょっと怖くて。でも、今日は先生と一緒だから安心です」。

 

 揺れます。

 

 さて、友人(♀)の振る舞いをOKとするか、それともNGとするか。映画『新聞記者』と友人の話の共通点といえば、それは「知ってしまった」或いは「見てしまった」、さてどうするかというところです。権力の監視をすべき新聞記者が権力の悪に気付いてしまった。権力サイドにいる官僚が権力の悪に気付いてしまった。道を歩いていたら若者の悪に気付いてしまった。さて、どうするか。藤井監督が書いているように「知らない」という状態は確かに怖い。しかし知ってしまった以上、もう「知らなかった世界」には戻れないという別の怖さが襲ってくる。そのこともまた、事実。

 

 損得よりも正しさ、か。
 正しさよりも損得、か。

 

 これってなかなか難しい。友人にはNGの意味合いを込めて、諭すような言葉をかけてしまいました。だって報復とかされたら、人生がめちゃくちゃになってしまいますから。おそらく長女や次女が同じようなことをしたとしても、心配が先立って、それはちょっと「NG」かなって、褒めつつもそう言ってしまうような気がします。勇気もほどほどにって。ほどほどの勇気なんて何の役にも立たないことを知ってはいても、です。

 

   
 個人の人生がめちゃくちゃになる可能性があったとしても、家族を巻き込む可能性があったとしても、勇気をもって「悪」に立ち向かうことができるのか、という問いかけ。映画は、観客に答えを委ねるかたちで終わります。無言のラストシーン。あなたならどうする?

 正しさ?
 それとも損得?

 学校の先生がただ働きをさせられているなんて知らなかった。給特法なんていう冗談みたいな法律があるなんて知らなかった。同僚が病んでどんどん辞めていくなんて知らなかった。でも今は知っている。経験を積んだ今となっては、波風立てずに適当にやり過ごすこともできるけど。さて、どうするか。新聞記者と次元は違えど、構造は同じ。

 

 正直、これはヤバイぞ。

 

 さて、どうするか。

 

 

子育て指南書 ウンコのおじさん

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