田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

ぼくが子どものころ、ほしかった先生になる。

 もしも間に合うのなら、いろんな仕事をしている僕の友だちや知り合いを、息子に会わせたい。夢によって、叶えやすい働き方と、そうでない働き方もあるだろう。会社員のメリット、フリーランスのメリットも、実際にやっている人に聞いたほうがよくわかるだろう。

 息子にたくさんのことを教えるには、僕自身が世界を広げて、さらにいろんな人と出会う必要もあると考えている。

(幡野広志『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』PHP研究所、2018)

 

  先日、八重洲ブックセンターに足を運んで、幡野広志さんの話を聞いてきました。幡野さんの言葉を借りれば、子どもにたくさんのことを教えるには、教師自身が世界を広げて、さらにいろんな人と出会う必要がある。ぼくが子どものころ、ほしかった先生になる。

 

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幡野広志さん(左)と西智弘さん(右)の対談

 

  幡野広志さんは2年前に多発性骨髄腫(がん)を発病し、余命宣告を受けている写真家&パパ&もと猟師として知られ、西智弘さんは、緩和ケアや抗がん剤を専門とする医師として知られています。西さんが幡野さんの主治医というわけではないようですが、関係としては、患者と医者による対談です。

 

 医療と教育は似ています。

 

 医療という言葉を「教育」や「学校」に、患者という言葉を「子ども」に置き換えても、違和感なく読めてしまうメッセージが世の中にはたくさんあります。例えば、西さんの著書『がんを抱えて自分らしく生きたい』に書かれているこんな文章。《医師は、「医療という枠組み」の中で患者さんをとらえ、すべての問題を医療で解決しようと思いがちだ》。これを教育に置き換えれば、《教師は、「学校という枠組み」の中で子どもをとらえ、すべての問題を学校で解決しようと思いがちだ》となります。違和感は全くありません。

 ちなみに対談の中で、西さんが「医師だけが集まる学会」や「糖尿病患者だけが見るブログ」を例に、「医師と患者は見ている世界が違う」問題について語っている場面がありました。医師も看護士のように、患者ともっと言葉を交わさなければいけない、と。そんな話題も「教師と子どもは、或いは教師と保護者は見ている世界が違う」問題としてパラレルだなぁと思いました。教育のことを教員だけで語っている場って、本当に多い!

 

 

 幡野さんの話の中から、ひとつ。

 

 A 残りの人生を楽しみます!
 B 私は、絶対に負けません!


 がん患者はAとBの2つのタイプに分けられる。そんな話がありました。幡野さんが言うには、傾向として、Aにはいわゆる負け組の人が多く、Bには勝ち組の人が多い。そう感じるとのこと。

 勝ち組の人はがんを乗り越えようとする一方で、負け組の人はがんを受け入れようとする。勝ち負けの間に、グレーの人たちがたくさんいるのはもちろんですが、大枠ではそういった意味だと思います。

 

 幡野さんは、曰く「Aのタイプ」。

 

 おそらく子どもにせよ大人にせよ「生きやすい」のはAのタイプです。しかし学校は、幡野さんのようなAのタイプではなく、「私は、絶対に負けません!」というBのタイプの子を好むというか、無意識に奨励してしまっているような気がします。負けるな(!)って勝手にゴールを決めて追い立てる学校と、無意識の期待に応えようとして生きづらさを抱えてしまう子どもたち、という構図。幡野さんが『ぼくが子どものころ~』の中で《学校は理不尽さを学ぶ場所だ》と書いているのも、わかるような気がします。

 

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8月の終わりに

  

 サイン会にて。幡野さん曰く「先生も大変ですよね」。ここ数年よく耳にするようになった定番のフレーズです。

 

 末期がん患者は口を揃えて言う。なにも考えずに働いて、意味もない残業に奪われていたあの時間が、ほんとうに惜しいと。あそこに使った時間を返してほしいと。

(幡野広志『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』ポプラ社、2019)

 

 働き方を選び直し、
 生き方を選び直す。

 

 Today is the first day of the rest of my life.

 

 

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

 
ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。