目に見える相手が必要とする分だけを供給すればよかった作り手は、市場の拡大とともに、次第に直接関係を持たない第三者に対してアピールする必要性に迫られる。資本主義の成立とともに、活用されるようになったのがデザインの力だ。成長の一途を辿る産業の仕組みを支えるために、デザインは安全性・機能性を担保したり、生産を安定させるための仕組みを考える役割を担いながら、一方で洗練された感覚で時代を牽引し、瞬時にして人の心を捉える力強い表現を求められるようになった。
(劇場用パンフレット『エポックのアトリエ 菅谷晋一がつくるレコードジェケット』スペースシャワーネットワーク、2021)
こんばんは。今週の通勤のお供は斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』(集英社新書)です。2021年の新書大賞を受賞しているだけあって読み応え十分。クラスの子には「また難しそうなの読んでる」と言われましたが、洗練された感覚で人新世を牽引し、瞬時にして人の心を捉えるリーダブルな一冊だと感じます。
SDGsは「大衆のアヘン」である!
そう喝破し、資本主義はもうもたないということを気候危機(気候ケインズ主義の限界)を引き合いにロジカルに説明した上で《さぁ、眠っているマルクスを久々に呼び起こそう。彼なら、きっと「人新世」からの呼びかけにも応答してくれるはずだ》と続けるくだりなんて、ザ・クロマニヨンズに負けず劣らず「PUNCH」が効いていて最高です。
カッコいい。
先日、映画『エポックのアトリエ 菅谷晋一がつくるレコードジェケット』(南部充俊 監督作品)を観ました。グラフィックデザイナー・菅谷晋一さんの生き方に迫ったドキュメンタリー映画です。ザ・クロマニヨンズやOKAMOTO'Sのレコードジャケットを手がけていることで知られる菅谷さん。パンフレットのINTRODUCTIONには、次のようにあります(冒頭の引用はパンフレットに寄せられたデザインジャーナリストの猪飼尚司さんの文章です!)。
ここは、とあるアトリエ。聴こえてくるのは切ったり貼ったりしている音。出来上がったのはレコードジャケット。それは、想像していたのとはちょっと違う。四角い何かのつくり方を教えてくれる人。少し変わった何でもひとりでつくってしまう菅谷晋一のお話し。
映画には、ザ・クロマニヨンズの13thアルバム「PUNCH」のレコードジャケットができあがっていく過程がまるごと収められています。ボルトが空から落ちてきて、穴が開いた様子をビジュアル化したという、このジャケット。拳ではなく、穴あけパンチのPUNCHをもってきたところに、菅谷さんのユニークさというか、ロックな生き方が表われています。
1本の小さなボルトを机の上に落とす。転がったボルトを見る。そしてまた、落とす。さらにもう1本のボルトを落とす。パンフレットのINTRODUCTIONを真似れば「ここは、とあるアトリエ。聴こえてくるのは落ちたり転がったりする音。出来上がったのは巨大なボルトのオブジェ」となるでしょうか。レコードジャケットをつくる前に、小学校の図工の授業で作るような立体作品を完成させるんですよね。このジャケットに限らず、菅谷さんはみんなが忘れかけている「手作り」をあの手この手で満喫してから、アナログで作ったものを撮影し、最後にデジタルで加工するという手法をとっているというわけです。
はじめにモノありき。
できあがったボルトの巨大オブジェを見たときのことを振り返って、ザ・クロマニヨンズの真島昌利さんがメチャクチャ嬉しそうに、そして愛情たっぷりに「馬鹿じゃないか」ってコメントする場面がホッコリしました。真島さんだけでなく、甲本ヒロトさんをはじめとするザ・クロマニヨンズのメンバーや、OKAMOTO'Sの面々などが、菅谷さんの魅力を言葉にして届けてくれるところもこの映画の魅力のひとつです。
好きになる。夢中になる。生き方になる。
映画のキャッチフレーズです。監督の南部さんは、菅谷さんとの対談の中で《映画を観た方が今一度ご自分の好きなことを考えるきっかけになったら、すごく嬉しいなと思います。好きなものは誰もが持っているものだと思うので、それを生き方につなげられるってすごく素敵なことだと思うんです》と話しています。デザインを専門的に勉強したことも、デザイン事務所に勤務したこともないという菅谷さん。感覚としては、幼稚園のときに絵を描いていたときのそれと同じ、とのこと。だからこそ園児のように「自分の好き」に夢中になれるのでしょう。
さて、子どもたちは、そして私たちは、そんな素敵な生き方を「人新世」の時代に送ることができるのでしょうか。ポイントは、菅谷さんが《何でもひとりでつくってしまう》というところ。
何でもひとりでつくってしまう。
なぜこれがポイントなのかというと、冒頭の『人新世の「資本論」』の話に戻って、斎藤幸平さん曰く《ところが資本にとって、これは不都合な事態である》からです。
作業の効率化によって、社会としての生産力は著しく上昇する。だが、個々人の生産能力は低下していく。もはや現代の労働者は、かつての職人と同じように、ひとりで完成品を作ることはできない。
資本主義が先鋭化すればするほど、何でもひとりでつくってしまう菅谷さんのような存在は少なくなっていくというわけです。つまり、好きになる、夢中になる、でも生き方にはならない、ということ。だから、資本主義に穴を開けるためにも《さぁ、眠っているマルクスを久々に呼び起こそう。彼なら、きっと「人新世」からの呼びかけにも応答してくれるはずだ》というわけです。
菅谷さんが、 ザ・クロマニヨンズのレコード「PUNCH」のジャケットを完成させたときに、こう言うんです。カッコいい。 最高、って。
菅谷晋一が送っている人生。
カッコいい。
最高。