田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

英語の民間試験拒否。建学の理念に基づく、東北大の決断に拍手。

 学校社会は変わらない。変えられるのは放課後社会とのバランスだけだ。
 学校社会は消せないけど、認識を変化させることはできる。それが「考える」という行為。学校社会が無数の中の一つのレイヤーであり、唯一の無意識領域のレイヤーであることがわかれば、もっとうまくバランスが取れる。そのためには自分の放課後社会の風景を拡げる必要がある。
坂口恭平『独立国家のつくりかた』講談社現代新書、2012)

 

 話題の絶えない「英語民間試験」問題ですが、我が母校である東北大は、2021年1月実施の「大学入学共通テスト」で英語の民間試験を出願要件としないことをすでに決めています。受験生の負担を考慮しての決断です。

 

 さすがだ。

 

「門戸開放」を建学の理念のひとつとするだけのことはあります。ちなみにWikipediaには、その「門戸開放」について《学生・教員・職員を問わず真に実力のある者はそのバックグラウンドにかかわらず受け入れる》という説明があります。タイミング的に「バックグランド」っていうのは要するに「身の丈」のことだよなぁ~と、そう連想せずにはいられません。

 

 何かの判断に迷ったら「建学の理念」に立ち返ればいい。

 

 すなわち東北大は「建学の理念」に立ち返って、「身の丈」入試を避け、英語の民間試験を出願要件としないことに決めた。そういう話なのでしょう。

 

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東北大の研究室にて。あの頃も過労死レベルだったなぁ(00)

 

 東北大には、もう一つ大事な建学の理念があります。それは「研究第一」という理念です。

 他の学部は知りませんが、私が所属していた理学部には、この「研究第一」という理念が浸透していたように思います。浸透しすぎていて、それほど研究にのめり込むことのできなかった私には、ちょっとつらかった大学後半の研究室生活でしたが……。とはいえ、この「研究第一」は、中学校のBDK(部活大好き教員)がいうところの「部活第一」とは異なります。どう違うのかって?  恩師である教授が、とあるエピソードを通して、その違いを教えてくれました。

 

 論文数があまりにも多かったので採用しなかった。

 

 誰を採用するかという、教員公募の話の中で出てきたひとことです。

 研究論文の数が他の候補者に比べてずば抜けて多かった人がいた。おそらくは優秀。しかし採用はしなかった。なぜなら、大学教員は「研究」と「教育」の2つの仕事をしなければいけないから。論文数の異常なまでの多さは、研究者としての優秀さを表わす一方で、教育者としての無能さを表わす。「研究第一」という理念は、研究者と教育者としてのバランスをうまく取らない限り、実現することはできない。

 たしかそういう話だったと記憶しています。

 

 バランスって、大事。

 

 部活ばかりやって授業の準備を蔑ろにするのも、過労死レベルで働いて家族を蔑ろにするのも、地域・経済間格差を教育格差をつなげてしまうような入試制度を導入しようとするのも、バランスを欠いた振る舞いであり、教育者としては相応しくありません。

 教育者として相応しいのは、坂口恭平さんいうところの「自分の放課後社会の風景を拡げる」力をもった人であり、別の言葉で言えば、視野が広く、視座が高く、そして複数の視点をもっている人です。そういう人じゃないと、おそらくはどんな理念も実現できません。だから「自分の放課後社会の風景を拡げる」働き方改革って、大事。放課後の時間を大切にしなければ、視野も視座も視点も豊かになりませんから。

 

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東北大の恩師より(2015)

 

  国際会議でプラハに行って参りました、という恩師からの年賀状です。達筆な字で「上の写真はそのときの町の1コマで、Dancing  Houseという自由な発想にも種々考えさせられました」と書かれていました。

 理学部ゆえ、就職先はいくらでもあったのに、突然「小学校の教員になります」などとわけのわからないことを言い始めて卒業と同時に別の道に進んでいった私のことを、ずっと気遣ってくれる、研究者としても教育者としても超一流の恩師。今なお「自分の放課後社会の風景を拡げる」人生を背中で指し示し、毎年のように元気づけてくれます😢

 

 門戸開放&研究主義の勧め。 

 

 独立国家であるはずの母国に。

 

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)