田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

働き方改革を、遊びと学びと退屈から考える

國分 うまく遊べないときに、人は退屈する。だから、うまく遊べなかったり、楽しめなかったりすると、人は外から仕事や課題を与えられることを求めるようになる。自ら自由を捨てて、何かに従いたくなる。人間が従属へと向かう契機の一つには、自分で楽しめないということがあると思う。自分で楽しめないと退屈してしまうから、外から仕事を与えられたほうが楽だという気持ちになるんだよ。だから俺は、人はきちんと遊べるようになる必要があると思っている。小さいときからとにかく遊ぶことが大切だと思うね。それができてないと、隷従したがる人間ができ上ってしまう。
古市 近代人はうまく遊べないから仕事をするんですね。

國分功一郎古市憲寿『社会の抜け道』小学館、2013)

 

 遊びの前に5年生の理科の復習。単元は「振り子の決まりを調べよう」です。下のブランコの中で、いちばん長く乗っていられるのは、どれ?

 

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問題 いちばん長く乗っていられるブランコはどれ?

  

 簡単です。子どもたちは実験を通して「振り子の周期は、ひもの長さのみに関係していて、おもりの重さやふれ幅には関係しない」&「振り子の長さが長くなると、1往復する時間は長くなる」という決まりを発見しているので、ほとんどの子が③を選びます。正解。そんな中、テストで①を選んだ子がいました。その理由がめちゃくちゃふるっています。

 

「③はザザッてなるから、①」

 

 ザザッ。

 

  最高です。都会には、生まれてこのかたブランコで遊んだことがないという子もいます。そういった子にはなかなか書けない「誤答」。誤答ですが、花丸をつけました。確かに③はザザッてなるし。正答については、後でまた教えればいいし。

 

 ブランコに限らず、遊びが学習にリアリティーを与えたり、学習が遊びにリアリティーを与えたりすることって、間違いなくたくさんあります。先人が「よく遊び、よく学べ」と口にしたのは、よい相互作用が生まれることを知っていたからでしょう。うまく遊べるようになることは、うまく学べるようになることの前提であり、逆もまた然りです。

 

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カンボジアシェムリアップ川にて(01年)

 

 カンボジアの子どもたち。遊びまくっています。退屈とは無縁な感じ。木の枝からぶらさがっている男の子二人なんて、もう完全にゾーンに入っています。日本だったら完全にアウトなレベル。

 

 遊びは基本的に自由で、
 誰からの制約も受けないもの。

 

 『遊びと人間』(講談社学術文庫、1990)の著者であるロジェ・カイヨワはそう言っています。だから、私たち大人が子どもたちにうまく遊べるようになってほしい(=うまく学べるようになってほしい=主体的に学べるようになってほしい)と願うのであれば、子どもたちにもっともっと自由な時間を与えるべきです。


 6時間目(夕方)まで小学生を拘束しておいて、
 部活のために休日まで中学生を拘束しておいて、

 

 学びに向かう力をつけろだなんて、どの口が言うのでしょうか。退屈をもてあまし、外から与えられる仕事に隷従したがる大人がこれまで以上に増えるだけです。教員にもそういう人が一定数いて、そのこともまた、学校の働き方改革が進まない理由のひとつです。

 

 定時に帰ると「そんなに早く帰って何するの?」って言われるし。っていうか、「定時」だし。早いわけではないし。

 

 単なる時間厳守。

 

 ザザッ。

 

 

社会の抜け道

社会の抜け道

 
遊びと人間 (講談社学術文庫)

遊びと人間 (講談社学術文庫)