田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

内田樹 著『そのうちなんとかなるだろう』より。仕事より家事育児を最優先。

 学問的キャリアについては「諦める」ことをそのとき決心しました。もちろん研究は僕はやめるわけではありません。でも、研究成果がメディアに注目されるとか、書籍になるとか、そういうことについてはもう諦めることにしました。~中略~。
 そして、すべてにおいて家事育児を最優先することにしました。
「家事育児のせいで、研究時間が削られた。子どものせいで自己実現が阻害された」というふうな考え方は絶対にしない。

(内田樹『そのうちなんとかなるだろう』マガジンハウス、2019)

 

 こんばんは。今日の午後は年休を取って早々と学校を後にしました。喫茶店に立ち寄り、内田樹さんの『そのうちなんとかなるだろう』を最後まで読むことができたし、夕方に家族で買物に行くこともできたので、小確幸です。小さなSOSを鳴らしていた身体のアラームも聞こえなくなりました。

 教職の魅力をPRするために「子どもの成長を間近で見ることができる教師の喜び」を漫画にして発信している自治体があります。きっと「そのうちなんとかなるだろう」と思って適当につくったのでしょう。真剣でないことは間違いありません。炎上を目的としたギャグという可能性もあります。

 まともな若者は、その喜びが「我が子の成長を間近で見ることができない教師の悲哀」を土台にしていることを知っています。だから本気で教職の魅力をPRするのであれば「我が子の成長を間近で見ることができる教師の喜び」もセットにして伝える必要があります。年休も消化できますよって。

 作家の村上龍さんが、著書『賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。』に《両親が教師だったので、わたしは祖父母に面倒を見てもらいながら育った》と書いています。外国の人が読んだら「?」です。日本の教師は我が子を育てられないのか、と。その通りです。残業に持ち帰り仕事に過労死レベルの労働に。年休を取るのだって後ろめたいことこの上ない。

 

 そのうちなんとかなるだろう。

 

 教員の働き方に関しては「そのうちなんとか」なりません。村上龍さんの親世代から続いている悲哀です。だから自分だけでも「そのうちなんとかなるだろう」にたどり着きたいと思ったら、内田樹さんのように「やりたいことは諦めない」「やりたくないことは我慢しない」ことが求められます。

 

 

『そのうちなんとかなるだろう』は、内田樹さんの自叙伝です。《生まれたのは1950年、東京都の大田区下丸子です》にはじまり、《これから死ぬまであと何年残されているのかわかりませんけれど~》に続く文章で終わります。

 

 文部科学省が学習指導要領に示している「生きる力」にあふれた半生記。

 

 小学校でいじめられて転校することになっても、高校を中退しても、家出をしたのちたちまちにして困窮して両親に頭を下げることになっても、東大の先輩にボコボコにされて鼻の骨を折っても、大学院入試に3回落ちても、32校もの大学の教員公募に落ち続けても、離婚して男手ひとつで娘さんを育てることになっても、全く動ぜず、どこ吹く風。カエルの面に寮雨。東大の駒場寮の1階に住んでいたときには、2階や3階から小便が降ってきたなんていうエピソードもありました。

「嫌」に理由はいらないという精神でやりたくないことは我慢せず、そして強く念じたことは実現するという精神でやりたいことは諦めず、だからこそ内田樹さんは「そのうちなんとかなるだろう」という境地に達しています。身体のアラームを無視してやりたくないことをやり続けたら、そのうちなんとかなんて、なりませんからね。至極もっともな話です。

 

 父子家庭にまつわる話が印象に残りました。

 

 両親の離婚に際して、6歳の娘さんがママではなくパパを選んだという理由が記念碑的にふるっています。曰く「お母さんと暮らしたら、お父さんともう会えなくなるかもしれない。でも、お父さんだったら『お母さんに会いたい』と言えばいつでも会わせてくれそうな気がしたから」云々。6歳のときの言葉ではなく、何年か後に内田樹さんが「あのときどうしてお父さんを選んでくれたの?」と尋ねたときの答えだそうですが、賢い。

 そんな賢い娘さんを育てるに当たって、内田樹さんは「マインドの切り替え」として、2つのことを決心したそうです。「我が子の成長を間近で見ることができない教師の悲哀」を過去のものにするためにも、「この働き方はおかしい」と感じている全ての教員に知ってほしいマインド・セットです。

 

 その1 仕事より家事育児を最優先。
 その2 仕事で成功することを求めない。

 

  家事育児を最優先したら、教員は、特に共働きの教員は、夜遅くまで残って仕事なんてしていられません。持ち帰り仕事だってしていられません。残業する以上、仕事を持ち帰る以上、それは我が子の「何か」を犠牲にしているということです。その「何か」に気づいてからでは、もう遅い。

 我が子との時間を奪われるなんて「嫌」だという感覚を大事にすること。学級づくりにのめり込んだり、部活動にのめり込んだり、そういった「仕事での成功」を最優先する先生がいても、巻き込まれないようにすること。自分は「家事育児」を最優先するんだ(!)というマインド・セットを崩さないこと。

「何か」に気づいてしまった身としては、もっと早くに読みたかったというのが正直なところですが、このタイミングにこそ意味がある、とも思います。内田樹さんは「仕事より家事育児を最優先」することができた要因として、諸先輩方のサポートを挙げています。これから子育てをする先生たちが「我が子の成長を間近で見ることができない教師の悲哀」を感じることのないよう、私を含め、「何か」に気づいている子育て世代の先生たちががんばらないといけない、と思います。

 

 そのうちなんとかなるだろう。

 

 なんとかしたい。

 

 

賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。

賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ。

  • 作者:村上 龍
  • 出版社/メーカー: ベストセラーズ
  • 発売日: 2013/10/26
  • メディア: 単行本