田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

本田直之 著『レバレッジ・リーディング』より。教員採用試験の面接のときに話したレバレッジ・エピソード。

 レバレッジ(leverage)とは、聞き慣れない言葉かもしれませんが、英語で「てこ」の働きのことを指しています。かつて理科の時間に習った「てこの原理」のてこです。
「てこ」を使うと、少しの力を加えただけなのに、重いものを軽々と持ち上げることができます。古代ギリシャの数学者アルキメデスは、「わたしに支点を与えよ。そうすれば、地球を動かしてみせよう」と言ったそうです。つまり、宇宙空間に足場を組んでそこにアルキメデスが立ち、てこで地球を持ち上げようとすれば(もちろんそんなことは不可能ですが)、アルキメデス一人でも地球すら動かせるほどの大きな力になるというたとえです。
(本田直之『レバレッジ・リーディング』東洋経済新聞社、2006)

 

 こんばんは。「わたしに支点を与えよ」はアルキメデスの名言。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」は心理学者のジェームズとランゲの学説。「笑う門には福来る(福が来たから笑うのではなく、笑うから福が来る)」は古くからの日本のことわざ。そして「忙しいから本を読めないのではなく、本を読まないから忙しい」は、かつてレバレッジシリーズで名を馳せたレバレッジコンサルティング(株)代表取締役社長の本田直之さんの名言です。それぞれ示唆に富んだ言葉で、子どもたちにもよく話します。

 

 すごい、大発見だ!

 

 以前、都会で6年生の担任をしていたときに、理科の単元『てこのはたらき』の授業でこんなことがありました。

 実験用てこを使って、つり合いのきまりを調べていたときのことです。あるグループから「すごい、大発見だ!」という声が上がりました。声を上げたのはYくんという男の子。同じグループのAさん(♀)が見つけた「てこの左右で《おもりの重さ ✕ 支点からの距離》が等しくなると、てこがつり合う」というきまりに驚いてのコメントです。

 

 △  大発見だから、友達の称賛を受けた。
 〇  友達が称賛したから大発見になった。

 

 ポジティブなフィードバックには「発見」を「すごい大発見」に変えるレバレッジ効果があります。本田直之さんの本に書かれていたことを紹介しつつ、つり合いのきまりを発見したAさんと、その「発見」を「すごい大発見」に変えたYくんをたくさん褒めました。Yくん曰く「Aさんの大発見で、てこのはたらきをよく理解することができたし、とても楽しい気持ちになりました」。7年前の話ですが、私もとても楽しい気持ちになったことを覚えています。

 

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日本語世代のおばあさんと出会った屋台(98)

  
 レバレッジといえば、教員採用試験の面接のときにも話した、台湾で出会ったおばあさんとのエピソードを思い出します。

 98年の秋、台湾の三地門にて。高雄に向かうバス停の近くにあった屋台で、何を注文しようかと考えていたときのこと。隣の席でひとり飯をしていたおばあさんが、突然「塩、足りないよ!」って言ったんです。「あれ、日本語を話せるんですか?」と私。

 

「あんた日本人か?」
「はい」

 

 台湾は1895年から終戦を迎える1945年まで日本の統治下にありました。おばあさんはその日本統治時代に生まれ育った、いわゆる日本語世代の老人です。

 

 50年って、長い。

 

 私はアラフォーなので、10年後くらいにいきなり「今日から日本人ではありません」なんて言われて、違う国の言葉を話す人たちがどんどん押し寄せてきたら、きっとどうしていいのかわからなくなると思います。

 旅先で時おり出会う、「かつて」日本人だった台湾のおじいさんおばあさんの中には、「日本人よりも日本人らしい」とでも形容したくなるような、矍鑠たる老人が大勢いました。その様子は、2008年に上映されたドキュメンタリー映画『台湾人生』(酒井充子監督)に詳しく描かれています。私も酒井さんと同じように《帰国してからも、そのおじいさんのことが頭から離れなかった》(『台湾人生』のプログラムより)という理由で、98年の秋、そして99年の春と、続けて台湾に足を運びました。

 

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 ひとしきり話した後、バスが来たので「お元気で」と伝え、その場を去ろうとしたところ、おばあさんが「あんたひとりか?」と訊ねてきました。「はい」と言って私が頷くと、おばあさんが遠い目をしながらしみじみとこう言うんです。


「ひとりは、寂しいよ」

 

 さっきの「ひとりは、寂しいよ」という台詞は、もしかしたら私に向けられたものではなく、おばあさん自身に向けられたものなのかもしれない。バスに乗ってしばらくしてから、急にそんな考えが頭をよぎりました。50年間の日本の統治と、その後に続く中国国民党政府による、38年間の「日本語も台湾語も禁止された」戒厳令下の統治時代。為政者に翻弄され続けた、おばあさんの人生。

 

 寂しかったんだろうな。

 

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屋台で食べた食事

 

 旅のエピソードを聞かせてください。

 

 教員採用試験の2次試験のときに、面接官に促され、その話をしました。特に用意していたわけではなかったので、しどろもどろに、でも一生懸命に。話し終えたときには部屋がシーンとなって、面接官が3人とも「あたたまっている」のがわかりました。当時は倍率が10倍超の狭き門。田舎の小学校に赴任できたのも、台湾のおばあさんのおかげかもしれません。

 

 エピソードは感情をてこにして伝える。
 感情はヒストリーをてこにして伝える。

 

 泣くから、寂しい。