田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

坂口恭平さんの『現実脱出論』を再読。現実脱出って、定住漂泊のことだなぁ。

 このように人生初の海外旅行は、僕が知らぬ間に限定していた価値観の幅を大きく拡張してくれた。
 しかし、これに味を占めて、その後もどんどん海外へ行ったのかというとそうではない。僕はもっといろんな世界を見てみたいと思うよりも、当たり前だと思い込んでいる「日本的現実」の中に、幼いころから感じてきたような見えない空間や感情や匂いが潜んでいるのを発掘し、それらに焦点を合わせる必要性を感じたのだ。
 それ以降、僕は日常の中で海外旅行を上回るような体験をするべく、自分の頭を自らかき乱しながら、目の前の事象を全く別の目で見るようになっていった。
(坂口恭平『現実脱出論』講談社現代新書、2014)

 

 2週間前に書いたブログに続いて、昨日のブログを坂口さんがTwitterでリツイートしてくださいました。しかもポルトガルから。坂口さんの新刊の『まとまらない人』に《僕の特徴を一言で言うと「気前が良い」だ》とありますが、まさに「気前の良い」人です。有り難い。

 

 坂口さんが担任だったら。
 坂口さんが校長だったら。

 

 学級や学校という共同体はどんなふうになるだろうと想像するのも、課題の多い教育現場をよりよくするにあたって、よい視点かなと思います。現実逃避ではなく、現実脱出をするためには、現実の中に別の空間の可能性を見つけ出す行為が必要だって、坂口さんも言っていますから。

 

 気前の良さ。

 

 担任や校長は、それぞれ学級と学校という共同体の首長です。『悲しき熱帯』で知られる、かの有名なレヴィ=ストロースは、共同体の首長がもつべき最も大事な資質として「気前の良さ」を挙げています。新刊の中で「僕のことだ!」と興奮ぎみに語っている坂口さん。根っからの首長気質であり、新政府の内閣総理大臣を務めているだけのことはあります。

 気前の良い保護者やいつもニコニコとしている上機嫌な保護者の子どもには、経験則として、気持ちの良い子が多いと感じます。間違いなく、家という共同体の首長である保護者に因るところが大きい。だから担任も、可能な限り「気前良く」、そして機嫌良くありたい。

 そのためには、過労死レベルの労働なんてしている場合ではないし、よく寝て、休む必要があります。教員採用試験の低倍率にあえいでいる各都道府県の教育委員会には、求める教員像に「気前の良さ」を加えるとともに、気前の良い人が集まるような労働環境を整備してほしい。切にそう思います。

 

 坂口さんのお膝もとである熊本も、今では倍率が1倍台(小学校)で、受ければぼぼ受かるといった状態です。熊本、素敵なところなのに。

 

 

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熊本の阿蘇にある「風の音」で昼食(07)

 

 旅先で出会った現地の人が「気前の良さ」をもっていると、その街やその国の印象がとてもよいものになります。おそらくは、その人のことをこちらが勝手にその街やその国を代表する「首長」として見てしまうからだと思います。この首長のもとにできた共同体であれば、信用してもいい、と。

 インドのカルカッタにあるマザーテレサの施設でボランティアをしていたときに、一時期ともに汗を流し、意気投合した旅仲間がいました。坂口さんと同じ熊本の人です。ただの社交辞令だったかもしれない「遊びに来てください🎵」を真に受けて、数年後に熊本を訪ねたところ、驚くくらい「気前の良い」歓迎を受けることに。以来、熊本って素敵だなぁという思いをもち続けています。

 

 インドはおもしろかった。
 熊本はとても素敵だった。

 

 でもそれは、非日常だから当たり前です。

 

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阿蘇をドライブ。インドで出会った旅仲間と(07)

 

探検するということは、広く歩き回ってものを見ることであることよりは、むしろ一つの地点を発掘することである。

 

 レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』より。冒頭に引用した坂口さんの文章と、近いものを感じます。私の好きな言葉でいえば、定住漂泊といったところでしょうか。

 

 日常を漂白し、日常の中で旅先と同じ非日常を味わう。

 

 これができたら楽しいだろうなぁと思います。坂口さんの言葉で言えば《僕は今も現実を海外旅行と同じ視線で旅せざるを得ない。~中略~。現実の中で差別されている人だろうが何だろうが、旅行者である僕にとっては、みんな興味深く映って見えるからだ》となります。

 バックパックを背負って、例えばインドの路上を歩いているときだとか、香港の人混みをかきわけているときだとか、そんなときって、それだけでもう、楽しいんです。坂口さんも書いているように、ありとあらゆるものが興味深く映って、おもしろい。そして何かが起こりそうな予感にいつも包まれている。

 でも、そういった感覚は、帰国するとだんだん萎んでいって、今度は逆に「あのときはよかったな」って、日常をマイナスにとらえるための材料になってしまう。それはまずい。それは現実逃避につながる。だから旅行者の視線、漂泊者の視線を保ったまま定住するっていうのは、そんなに簡単ではなくて、そこに「現実脱出できる」坂口さんのすごさがある。

 

  さすが「首長」或いは「曾長」だけのことはあります。

 

 昨日(日曜日)は学校に行って通知表の所見を書こうかと思っていましたが、坂口さんのリツイートで気分が変わったので、家事に徹しました。坂口さんも夢中になっているという家事。現実逃避ではなく、現実脱出のきっかけになればいいなと思います。

 

 昨日は、晴れときどき曇り。
 定住漂白ときどき現実脱出。

 

 

現実脱出論 (講談社現代新書)

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悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

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