田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

坂口恭平さんの『家族の哲学』を読みました。パパはおかしくない。

「アオちゃんは何を書きたいの?」
 アオは力いっぱい「せ」と書いている。
「せ?」
「今日、国語の授業で習ったの。だから、書いてみたかったの」
 私の涙はいつまでも止まらない。
「早く、パパも書いてよ」
 ようやく鉛筆を動かした私は、漢字で「幸福」と大きく書き、鉛筆でとんとんと文字をたたきながら、家族に感謝の笑顔を向けた。
(坂口恭平『家族の哲学』朝日新聞出版、2015)

 

 友人から強く勧められて、坂口恭平さんの小説に初チャレンジしました。家族の哲学。いのっちの電話やパートナーのフーさん、お子さんのアオちゃんやゲンちゃんなど、坂口さんのTwitterやら何やらによく登場する「話題」や「名前」がたくさん出てくる「私小説」です。

 

 目をさますと、私は死にたくなっていた。 

 

 カフカの『変身』を思わせる、冒頭の目覚め。「我が輩は猫である」や「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」、それから「筆者はこれから夢を語ろうと思う」にも負けない、インパクトのある書き出しです。

 

 でも、その前に。

 

『家族の哲学』といえば、東浩紀さんの傑作『ゲンロン0  観光客の哲学』の後半に収録されている、同タイトルの「家族の哲学」を思い出します。東さんは《観光客の哲学には家族の哲学が続く》と書いていますが、その『ゲンロン0  観光客の哲学』より2年早く坂口さんの『家族の哲学』が出版されていることから、「もしかしたら東さんは坂口さんに触発されたのかなぁ」&「坂口さん、さすがだなぁ」なんて思ったりします。観光客と家族って、坂口さんの生き方に相応しい言葉のような気もするし。

 とはいえ、坂口さんのそれは東さんのそれとは全く毛色の異なる作品。共通点といえば、作者である坂口さんと東さんが、おそらくはそれぞれの本の構想 or 執筆の最中に、ともにパパとして「0歳から8歳くらいまでの小さな子どものいる家族」という家族の黄金時代を味わっていたということです。

 

 この共通点は、大きい。

 

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家族の黄金時代(2009)

 

 家族の黄金時代を過ぎ、思春期という次のステージに入っている私は、アオちゃんやゲンちゃんの振る舞いや台詞に懐かしさを覚え、我が子もかわいかったなぁという思いと、我が子にもこうすればよかったなぁという思いに駆られます。アオちゃんが書斎に勝手に入ってくる場面とか、我が家でもそういうことよくあったなぁ。もっと一緒に遊んであげればよかったなぁ😢

 もちろん思春期もかわいい。でも、我が家にも坂口家同様に「パパはおかしくない」というようなやさしい言葉があふれていたことを考えると、ずいぶんと遠いところに来てしまったと感じます。つまり「あっ、すっげー言葉来た」という、我が子からの「暴投」ならぬ「暴言」がときどき降ってくる現在なので、回顧主義的とはいえ、やはり黄金時代は控えめにいって最高だったと思います。思春期が終わったときには、また別の感想をもつのかもしれませんが。

 

「親のせいなの。ずっと小さいときから二人とも忙しくて、全然甘えられなかった。何でも一人でやらなきゃいけなくてさびしかった」

 

 教員(共働き)あるあるです。ホント、何とかしなければいけません。これから子をもつ若い先生たちのために立ち上がった、埼玉教員超勤訴訟の田中まさおさんを心から応援しています。

 

 家族がよかっただの悪かっただの、いったい何を言っているのか。
 家族は永遠に変わらないし、変えればいいというものでもない。かといって、それが運命なんておおげさに考える必要もない。

 

 帯文に引用されている文章(前半部分)です。帯文に引用されているくらいだから、《家族がよかっただの悪かっただの、いったい何を言っているのか》は、『家族の哲学』を支える屋台骨となっているはず。その意味するところは何でしょうか。屋台骨の一文から数ページ進むと、次のような言葉に出会います。

 

悪いのはいつも私だ。私自身だ。

 

 家族は責任転嫁されやすい。「親のせい」って、それはもちろんそうなのだろうけど、そしてそのことは教育現場にいる私たちがよく知っていることだけど、責任転嫁したところで何も始まらないし何も変わらない。そもそも東さんも書いているように家族はアイデンティティーなんだから永遠に変わらない。変わったらアイデンティティーじゃない。百歩譲ってもしも「見方」が変わるとしたら、それは責任転嫁によってではなく、これからの人生によってこれまでの人生が変わるのと同じように、今この瞬間の「あなた」から続いていく未来の「あなた」によって変わる。未来を決めるのは過去じゃない。過去は、現在から続いていく未来によって変わる。だから責任は「私自身」にある。そういうことかなぁと思います。平野啓一郎さんも『マチネの終わりに』で同じようなことを言っています。

 

 家族のかたち。

 

「臨終間際の患者さんと接していると、その患者さんの家族のかたちがわかります」。医師の友人の言葉です。最後の家族のかたちは、おそらく、そのときの家族を構成する一人ひとりが、最初(幼少期)に経験した黄金時代の「家族のかたち」を合わせたもの。だから大切なのは、未来にどんな「家族のかたち」をつくって、過去のどんな「家族のかたち」を更新するのか。

 

「早く、パパも書いてよ」

「早く、みなも読んでよ」

 

 坂口恭平さんの『家族の哲学』、お勧めです。

 

 

家族の哲学

家族の哲学

  • 作者:坂口 恭平
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2015/09/23
  • メディア: 単行本
 
ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

  • 作者:東 浩紀
  • 出版社/メーカー: 株式会社ゲンロン
  • 発売日: 2017/04/08
  • メディア: 単行本