田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

岡崎玲子 著『レイコ@チョート校』より。人生いろいろ、教育もいろいろ、授業スタイルだっていろいろ。

 しかし、なんといっても、数学の授業のスタイルが、今まで慣れてきたものと全く違うので、戸惑った。宿題は、新しい章を読んで、問題を二十問ほど解くこと。数学の授業の前日、ずらりと並ぶ問題を目の前にして、私は、焦っていた。宿題は、授業で学んだページではなく、次の章だから全く知らない事項ばかり。何より量が多いから、今夜中に全部解くことは、とても無理だ。夜遅くまでかかって、やっとなんとか三分の二ほど仕上げ、全部できなかったことを大いに気にかけたまま、しかたなくベッドに入った。
(岡崎玲子『レイコ@チョート校』集英社新書、2001)

 

 おはようございます。ネットのニュース・サイトでも少し話題になっていましたが、コロナの影響で空いている席に座りにくくなりました。電車の話です。みなさんきれいに一人分のスペースを空けて座っているんですよね。ソーシャル・ディスタンスを意識した新しいスタイルです。

 さて、そのスペースに割り込んで座るべきか否か。リアル道徳です。リアル葛藤場面です。リアル嫌われる勇気です。昨日の帰りはそんなことを考えているうちに席が埋まってしまいました。新しいスタイルがエスカレーターの片側空けと同じようになるにはまだ時期尚早のようです。

 

 

 岡崎玲子さんの『レイコ@チョート校』を再読しました。小学校6年生のときに当時史上最年少で英検1級に合格した著者が、日本の中学校を中退して入学した、アメリカのプレップスクール(寄宿制私立高等学校)での留学生活を綴った一冊です。学校の名前はチョート・ローズマリー・ホール校。通称チョート校。ケネディー大統領やイヴァンカ・トランプさんを輩出している、全米で三指に入る名門校と聞けば、そのレベルが伝わるでしょうか。しかも岡崎さんは飛び級で入学していて、チョート校の2年生から学校生活をスタートさせています。すごいなぁ。

 

 どんなスタイルの授業なのか。

 

 教員なので、どうしてもそういったところに関心が向いてしまいます。以下は、冒頭の引用の続きです。宿題が全部できないなんて……。意気消沈しながらしかたなくベッドに入った翌日、岡崎さんはどんな授業を目にしたのか。

 

 ところが次の日、数学の授業が始まり、驚いた。先生のミスター・デマーコが教室に入ってくるなり、十二人の生徒が、前の晩の宿題でわからなかった箇所を口々に質問するのだ。
“Page 273、number 31 please!”(二百七十三ページの三十一番、お願いします!)
“Page 275、number 33 please!”昨日できなかった問題を解決しておかないと困るのは自分なので、みんなアグレッシブだ。

 

 今でいうところの反転授業みたいなものでしょうか。授業は、わからないところを質問して解決する場である。その通り。岡崎さんはそのことに《初めて、気づく》と書いています。わからなくていいんだ(!)云々。傾向として、日本はそういったスタイルではないですよね。チョート校では、数学だけでなく化学の授業も同様の進め方だったらしく、そのような授業スタイルに慣れると《「わからない」ことをアピールする力がつく》とあります。言い換えると、質問する力がつく。

 

 教室は間違うところだ → 教室は質問するところだ。

 

www.countryteacher.tokyo

 

先生たちがよく口にするのは "Good question.”(良い質問だ)というセリフ。

 

 4月に臨時休校になったときに「予習をさせてはいけません」というような指示が自治体から降りてきて、本当に残念な気持ちになりました。アグレッシブに、予習を促せばいいのに。そうしたら「質問」が生まれるのに。まぁ、5月になったら朝令暮改で一転OKになりましたけどね。クラスの子どもたちは現在、アグレッシブに予習をしているはずです(願)。

 

 小学校の話も出てきます。

 

 92年の大統領選挙の時、私は、7歳だった。通っていたカリフォルニアの学校で、新聞で両候補のことを調べ、「自分だったらどちらに投票するか」と幼いなりにも真剣に考えたのを今でも覚えている。ある朝、先生のミズ・マヒンが、「ロサンジェルス・タイムズ」の生徒全員に配ってこう言った。
「さあ、今からこの新聞を使ってブッシュとクリントンのことについて調べます。新聞の中からどんなことでもいいから二人についてわかったことを抜き出して比べてみましょう」

 

  岡崎さんは幼少期をカリフォルニア州や中国広州市で過ごしています。7歳っていうと、1年生、或いは2年生でしょうか。あり得ないなぁ。でも、このあり得ないなぁという感覚が、子どもたちの「上限」を勝手に決めて、狭いところにとどめてしまっているのだろうなぁと思います。

 チョート校の生徒は政治への関心が高いそうで、岡崎さんは《何よりも、小さいころからの学校教育の影響が大きいと思う》と書きます。ちなみに上記の引用に登場するミズ・マヒン先生は、授業の続きとして「放課後、家の人にフラント・ライブラリーに連れていってもらいましょう」と告げ、岡崎さんたちに家庭の協力を前提とした調べ学習を促しています。家庭を信頼し、家庭の教育力を引き出していて、よい。

 

 その後、どうなったのか。

 

 岡崎さんは現在、オーストラリアで弁護士として働いているそうです。人生いろいろ、教育もいろいろ、授業スタイルだっていろいろです。チョート校に倣って、臨時休校明けには Before コロナの時代とは違う授業スタイルをどんどん試していきたいものです。それこそ嫌われる勇気をもって。アグレッシブに。

 

 リアル道徳。

 

 今日は座れるか否か。

 

 行ってきます φ(..)

 

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え