田舎教師ときどき都会教師

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宮台真司 著『社会という荒野を生きる。』より。コロナ禍という荒野を生きる。憲法の話と家族の話。

 実際、奥平先生の憲法学がとりわけ強調するのが「憲法とは何か」なのです。共著の『憲法対論』でも「憲法とは何か」を分厚く語っていただきました。日本では「非常識な人」が多いので、「法律の一番偉いのが憲法だ」などと思っていますが、ありえません。
 法律の名宛人は市民です。だから法律は「市民に対する命令」として機能します。対照的に、憲法の名宛人は統治権力です。だから「統治権力に対する命令」として機能します。分かりやすく言えば「市民から統治権力に対する命令」として機能するべきものが憲法なのです。
(宮台真司『社会という荒野を生きる。』KKベストセラーズ、2015)

 

 こんにちは。学習指導要領の改訂を受け、小学校の社会科では、この4月から政治の学習を6年生の頭に行うことになっています。非常識な人をできるだけ早く減らすためかもしれません。これまでは縄文・弥生時代からはじめ、卒業を控えた3学期に憲法やら国会やらの学習を駆け足で行うことになっていました。だから全国の6年生は、本来であれば日本国憲法のことを学習済みの状態で昨日の憲法記念日を迎え、「お母さん、憲法っていうのは統治権力に対する命令なんだよ。先生が家族に説明しなさいって言ってた。統治権力っていうのは~」なんて話していたはずなのですが、残念です。とはいえ、安倍首相のひとことで生活が一変することを体験として学んだ with コロナの時代の子どもたちです。当時中学1年生だった沢木耕太郎さんが、その年の「安保闘争」を境に《はっきりと社会的なものに覚醒した》ように、社会的なものや政治的なものに覚醒している子も少なくないかもしれません。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 憲法記念日ということで、昨日、高校1年生の長女に宮台真司さんと奥平康弘さんの共著『憲法対論』を渡しました。イヤそうな顔をしていましたが、臨時休業中の課題に「新書を5冊以上読み、それぞれをレポートにまとめること」とあったので、もしかしたらイヤイヤながらも読むかもしれません。それにしても素敵な課題だなぁ。私のクラスもそうしようかなぁ。

 

社会という荒野を生きる。

社会という荒野を生きる。

  • 作者:宮台 真司
  • 発売日: 2015/10/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 宮台真司さんの『社会という荒野を生きる。』を再読しました。5年前に書かれたものですが、宮台さんのその他の本と同様に、全く古びれていません。憲法の話だけでなく、仕事よりも家族を含めたホームベースを重視しろという話など、むしろステイホームの「今」が旬と思える内容です。最初の章のタイトルなんて「なぜ安倍政権の暴走は止まらないのか」ですからね。先見の明がありまくりです。

 

 説明文には問いと答えがある。

 

 なぜ安倍政権の暴走は止まらないのかの「なぜ」に対する答えのひとつが憲法に関することです。冒頭の引用でいえば、為政者サイドのお偉方を含めて、憲法が統治権力を縛るものだというイロハのイすらわかっていない非常識な人が多いから、となります。そりゃ、暴走してもやむなしかもしれません。ちなみに before コロナの時代の小学生が最初に学んでいた「憲法」は聖徳太子の十七条の憲法です。十七条の憲法は官僚や貴族を縛るものなので、そのことを担任がよく理解していれば、少なくとも憲法の名宛人が市民であるかのような誤解を生むことはないはずなのですが、きっと先生たちもよくわかっていないまま教えているのでしょう。

 

 問いは新たな問いを生む。

 

 では、近代憲法が「統治権力に対する命令」であることを踏まえた上で、その命令が適切になされるために、いちばん必要なのは何でしょうか。ヒントはウーマンラッシュアワーの村本大輔さんです。

 

creators.yahoo.co.jp

 

 上記は、政治ネタを漫才に取り入れたために、表舞台から消されてしまった村本大輔さんのドキュメンタリーです。少し前に新聞記者の望月衣塑子さんが Twitter で紹介していました。表現の自由はどうなっているのかという問いかけです。この表現の自由について、宮台さんは奥平康弘さんの憲法学をレファレンスしつつ、次のように書きます。

 

憲法で最も大切なのは、合衆国憲法で言えば、修正第1条「思想、表現、信仰の自由」。実際、大半の近代憲法は冒頭がこれ。奥平先生が「表現の自由」を専門にされたのは、まさに憲法の中核だからなのです。

 

 そして次のように続けます。

 

 なぜ「表現の自由」が全ての中核か、分かりますか? 僕は「鍵のかかった箱の中の鍵」問題と呼びますが、「表現の自由」が制約されていると、どんな表現を制約されたかさえ表現できなくなるので、僕たちは何が制約されたのかが分からなくなるからです。 

 

 だから市民による統治権力のコントロールが適切になされるためには、日本国憲法とセットで表現の自由をしたたかに守っていかなければいけない。統治権力よりも情報を充分に知らなければいけない。村本大輔さんのような人を表舞台から消してはいけない。2020年の報道の自由度ランキングで日本は先進国なのに66位(https://ecodb.net/ranking/pfi.html)、それじゃまずい。そういった話です。リアルの授業でこういった話を子どもたちと共有したかったな。

 

 国民国家抜きの資本主義も、家族抜きの資本主義も、可能性がありません。

 

 繰り返します。家族抜きの資本主義も、可能性がありません。ブックカバーのそでにそう書かれています。政府主導の改憲論議は「国民国家抜きの資本主義」に、そして教育者の定額働かせ放題は「家族抜きの資本主義」につながります。どちらも持続可能ではありません。Twitterに「教員になってからはじめてゴールデンウィークを家族で過ごすことができて幸せ」という内容の投稿が相次いでいます。コロナ禍を転じて福と為すの一例でしょう。我が家もそうです。ステイホームで職場から離れ、仕事はほどほどにしてホームベースづくりに精を出すこと。そして情報を集め、政治を含めたさまざまなことを学ぶこと。

 

 国民国家有りの資本主義。
 家族有りの資本主義。

 

  そう「生きたい」ところです。

 

 

憲法対論 (平凡社新書 164)

憲法対論 (平凡社新書 164)

 
社会という荒野を生きる。 (ベスト新書)

社会という荒野を生きる。 (ベスト新書)

  • 作者:宮台 真司
  • 発売日: 2018/10/12
  • メディア: 新書