「演技がインチで測れるっていうのかい? クレイジーだよ」
というのは、ジェームズ・ディーンが無名の時代に、あるキャスティング担当者から「キミの背じゃ、この仕事には不向きだ」と言われた際に友人にこぼした一言だ。僕はこの言葉が大好きだ。
(中略)
世の中には、身長の高い人も、低い人もいる。肉付きのいい人も、細身の人もいる。人種だって、肌の色だって違う。人間の価値の尺度を1つに揃える意味などない。
(尾崎英二郎『思いを現実にする力』ディスカヴァー・トゥエンティーワン、2014)
そうそう、インタビュアーはタレントの有賀さつきさん(2018年1月 死去)でした。2015年1月に俳優の尾崎英二郎さんの来日記念トークイベント(代官山蔦谷書店)に参加したときの話です。
尾崎さんの大ファンであることを公言していた有賀さんは、おそらくは意図的に、有名人によるインタビューというよりも、熱狂的なファンによるインタビューという「場づくり」をしていて、そのねらい通りに、尾崎さんがリラックスした感じで気持ちよさそうに話していたことを覚えています。
有賀さんほどには有名ではなかった尾崎さんですが、そのトークイベントの数年前からハリウッドを拠点に活躍しており、当時でいうと、トム・クルーズ主演の『ラストサムライ』や、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』など、日本でも話題となった映画に出演していました。
無名は、無力ではない。
そのような信念をもって尾崎さんが渡米したのは、曰く「38歳のとき」。「35歳限界説」なる言葉がそこかしこで喧伝される日本を飛び出したら、アメリカでは「35歳」どころか、履歴書に年齢を書く欄すらなくて考えさせられた、云々。
写真を貼る欄も、
性別を記す欄も、ない。
年齢を書く欄がないのは年齢で人を差別しないため、写真を貼る欄がないのは人種で人を差別しないため、性別を記す欄がないのは性別で人を差別しないためです。尾崎さんは「たった1枚の履歴書にも、どんな社会をつくりたいのかという戦略がある」と話していました。
どんな国になってほしいですか?
〇 街並みがきれいな国。
〇 お年寄りに親切な国。
〇 子育てがしやすい国。
〇 犯罪も死刑もない国。
〇 ほどよくFreeな国。
〇 生物多様性を誇れる国。
〇 ブラック企業が暗躍しない国。
〇 みんなが安心して暮らせる国。
〇 原発ゼロで、地球にやさしい国。
〇 保険制度や医療が充実している国。
尾崎さんの「履歴書にまつわる話」を枕に、社会の政治の授業で「どんな国になってほしいですか?」と訊ねたときの、当時担任をしていた6年生の子どもたちの願い(の一部)です。あの子たち、賢かったなぁ。そうそう、次のような願いもありました。
〇 誰もが夢をもてる国
〇 みんなが同じチャンスを得られるような国。
〇 国民がちゃんと国のことを喋ったり、国のことにかかわったりする国。
文部科学大臣の発言に端を発する「身の丈入試」の話題が依然としてSNSを賑わせています。「説明不足だった」という謝罪はあったものの、「そういう問題ではない」という声が Twitter などで次々に上がっています。
問題は、「身の丈」発言よりも、都会に住む子が有利となる新しい入試制度(英語民間試験)そのものにある。
1998年、インドのアーメダバードにて。フレンドリーに話しかけてきた二人。いい子たちだなぁと思いながら折り紙を教えたり日本語を教えたりして和気藹々としていたのですが、途中、おそらくはこの二人よりも下位のカーストに属する子どもたち(7人)がやってきて、その後の展開にちょっとびっくり。何に驚いたかといえば、さっきまで無邪気だった二人が「俺たちとお前達は違うんだぞ(!)という振る舞いを見せはじめたこと」にです。
これがカーストかぁ。
驚きつつ、えっ、一緒に遊べばいいじゃん、と提案するも、そうはいかないらしく、残念。日本に生まれてよかった、と思ってしまいました。少なくとも、建前上カーストはありませんから。
身の丈っていう言葉は、カーストみたいなもの。
世の中には、身長の高い人も、低い人もいる。都会で生まれた人も、田舎で生まれた人もいる。家庭環境だって、親の文化資本だって違う。だからこそ誰もが夢をもてるように、みんなが同じチャンスを得られるように、政治家や官僚には、地域・経済格差が教育格差につながらないように力を尽くしてほしい。給特法の問題を訴え続けている現職教員の西村祐二さん(斉藤ひでみさん)をはじめ、国民がちゃんと国のことを喋ったり、国のことにかかわろうとしているのだから。
学力が身の丈で測れるっていうのかい?
クレイジーだよ。