田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

映画『行き止まりの世界に生まれて』( ビン・リュー監督作品)より。光と影。スケートシーンが、ひたすらに美しい。

ある時、セントルイスの橋の下のDIYスケートパークで知り合ったスケーターたちと「今日は父の日なのにみんなここにいるね」って話になり、そこから各々父親の話をしました。父親がいなかったり、暴力的な父親がいたり、疎遠だったり、みな何かしら親との関係に問題を抱えていた。そこから、父親の不在や確執、親との関係性から生まれる影といったテーマがクリアになっていきました。
(映画パンフレット『行き止まりの世界に生まれて』ビターズ・エンド、2020)

 

 こんばんは。昨日今日と家族4人で自宅前でのバドミントンを楽しみました。小確幸です。ここ最近、高1の長女と中1の次女がラリーにはまっていて、二人そろって「習いたい」なんて言い出す始末。でも確かに、ただの素人ラリーなのに、愉しい。ただ打てば前に飛ぶ。そして返ってくる。それだけなのに、ひたすら愉しい。

 

 ただ蹴れば前に進む。

 

 そしてただその瞬間に生きることができるスケボーも、ひたすら愉しいのだろうなぁ。

 

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原題は「Minding the Gap」

 

 先日、映画『行き止まりの世界に生まれて』(ビン・リュー監督)を観ました。スケートボードがよいアクセントになっている映画で、第91回アカデミー賞(長篇ドキュメンタリー賞)と第71回エミー賞(ドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組賞)にダブルノミネートされるだけでなく、第34回サンンダンス映画祭(ブレイクスルー・フィルムメイキング賞)をはじめとする59の賞を総なめ、さらにはオバマ前大統領が2018年の「年間ベストムービー」に選出するなど、タイトルに反して行き止まりがないくらいに絶賛されたドキュメンタリー映画です。

 

 スケートシーンが、ひたすら美しい。

 

bitters.co.jp

 

 舞台は「アメリカで最も惨めな町」と形容される、イリノイ州のロックフォード。トランプ大統領の誕生に影響を与えたという、ラストベルト(錆びついた工業地帯)で働く人々が住む町です。主役はこの町に暮らすキアー、ザック、ビンの若者3人。ビンというのはこの映画の監督であるビン・リューのことで、ロックフォード出身のビン自身も、疎遠だったという母親とともにこの映画に出演しています。

 

 キアーは黒人。
 ザックは白人。
 ビンはアジア系アメリカ人。

 映画では、人種も年齢も異なる3人が「スケートボード」を通して仲間になり、そして大人になっていく12年間が描かれます。3人の共通点は、冒頭の引用にあるように、それぞれが「父親の不在や確執、親との関係性から生まれる影」をもって生きているということ。ビンが年下のキアーに「親から暴力を受けたことは?」と訊ねる場面、すでに父親を亡くしているキアーは、答える前に「お前は?」と聞き返します。

 

僕たちは沈黙の中、どちらも冗談を言おうとしませんでした。

 

 ビンにも虐待の記憶があります。ビンに暴力をふるっていたのは母親の再婚相手です。なぜ母親は暴力的な継父と長いこと一緒にいたのか。ビンは母親に問い詰めるとともに、ザックのパートナーであるニナからもその答えを引き出します。ニナはザックのパートナー。映画の途中、二人は結婚し、ニナは母親に、ザックは父親になります。赤ちゃんのエリオットくんがかわいい。でも、二人は別れます。

 

 ザックの暴力が原因です。

 

 ビンにとってかけがえのない仲間だったザックが、あの優しいザックが、ニナに暴力をふるうなんて。ビンはキアーに自分を重ねる一方で、ニナには自身の母親を、そしてザックには自身の父親(継父)を重ねます。あの継父だって、他の誰かにとっては仲間と思えるような優しい人間だったのかもしれない。ビンはそのことを確かめるかのように「ザックが暴力をふるうと思うか?」とキアーに訊ねます。

 

 明確になったことは、暴力と、暴力によってクモの巣のように広がる影響は、大部分で永続されてしまうということです。なぜなら、これらの問題は文字通りにも比喩的にも、扉の向こうにとどまってしまうから。僕の願いは、『行き止まりの世界に生まれて』の中で扉を開いてくれた登場人物たちによって、同じようなことで苦労している若い人々が勇気をもらい、彼らがその状況を切り抜けられること、生きて、自分たちの物語を伝えられること、そして自分たちの力で人生を作っていけるようになることです。

 

 ビン監督のステイトメントです。では、暴力の連鎖を断ち切るには、親との関係性の影から抜け出すにはどうしたらいいのか。ビン監督曰く《自分の体験について話すこと、誰かと共有することだと思います》云々。ミシェル・クオさんの『パトリックと本を読む』や、映画『プリズン・サークル』(坂上香 監督作品)に描かれている解決策と同じです。その誰かを見つけられるかどうか。本音を吐ける仲間をつくることができるかどうか。

 

 自助よりも、共助と公助。


www.countryteacher.tokyo


 親との関係性の影。
 夢を失ったラストベルトの人々の影。

 

 影が濃い分、映画のところどころに挿入されている、スケートボードに乗って自由に町を駆けめぐるスケートシーンがひたすらに輝いて見えます。影があるから、光がある。影が濃くなればなるほど、光は強くなる。完成した映画を見終わったときに、ザックがビンに一言「美しかった」と涙を流しながら言ったそうですが、アグリーです。ホント、美しかった。

 

 美しかった4連休が幕を閉じます。

 

 おやすみなさい。

 

 

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝

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