アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。この問題に対処するために、NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費をかけて、無重力でも上下逆にしても水の中でもどんな表面にでも氷点下でも摂氏300度でも書けるボールペンを開発した。
一方ロシアは鉛筆を使った。
仕掛けの発想で大事にしたいのは、この「鉛筆を使った」というアプローチである。
(松村真宏『仕掛学』東洋経済、2016)
おはようございます。 教員の働き方改革で大事にしたいのも、この「鉛筆を使った」というアプローチだと思います。そうしないと「今日は土曜日だけど学校へ行ってみよう」「でも、やっぱりやめよう」と無駄な思考を重ねることになります。ちょっと脱線しますが、小学校5・6年生を対象にした劇団四季の「美しい日本語の話し方教室」はご存知でしょうか。俳優さんたちから「母音法」という美しく話すための仕掛けを学ぶことができる、故・浅利慶太さんが発案した「未来の顧客」への素晴らしいアプローチです。具体的には「今日は土曜日だけど~」ではなく、「明日は雨だけど学校へ行ってみよう」という文章を母音だけで読む練習をしたりします。
あいあああえあえお あっおーえいっえいおー。
そのあとに子音を入れると「あら、びっくり」。はっきりとしたきれいな声に早変わり。授業中、ぼそぼそと発言する子どもに「もっと大きな声で」とか、「もう一度」とか、または別の子に「~さん、聞いていましたか?」とか、そんな声かけをしなくても、楽しみながら「美しい日本語の話し方」を体得できるというわけです。演劇への興味も湧くし教員も見たり参加したりして楽しいし、最後に「友だちはいいもんだ」を歌ってクラスづくりにも役立つしで、一石二鳥どころか一席一万くらい出してもいいのではないかと思われる「美しい日本語の話し方教室」。電話一本、鉛筆一本。労せずして授業準備完了。が、本年度はコロナ禍のために「募集なし」となっています。来年度もなさそうだなぁ。
松村真宏さんの『仕掛学』を読みました。副題は「人を動かすアイデアのつくり方」です。表紙に載っている「バスケットゴールのついたゴミ箱」のように、或いは有名なところでいうと男子トイレにある「的」のついた小便器のように、つい行動を変えたくなるような仕掛けを学問的に考察した一冊です。再びちょっと脱線しますが、かつて学級通信に「Progress 一歩前へ」というタイトルをつけたところ、保護者に「トイレみたいですね」と言われて凹みました。
一歩前へ。
例えば運動会の徒競走の際、スタートラインに子どもの靴の先を揃えさせようと思ったら、ラインだけでなく足跡をラインに接するかたちで描いておけばいい。そうすれば1年生や2年生でも「位置について」の合図でピタッと無駄なく最適な位置に立ちます。ラインと爪先が揃わない子、多いんですよね。30㎝くらい離れて立ってしまって、50m走ではなく、50.3m走になってしまっている。もったいない。
もう少し、前へ。
例えば子どもたちに登校時の手指消毒を徹底させようと思ったら、学校の入口に映画『ローマの休日』で有名になった「真実の口」のようなものをつくってそこからアルコール消毒液を噴射させればいい。子どもたちは喜んで手を入れること間違いなし。ちなみに「真実の口+アルコール消毒」は『仕掛学』に掲載されています。設置するのに労力を要するので仕掛けとしてはいまいちですが、発想としてはおもしろい。
三度脱線しますが、ひとりでローマに行ってひとりで並んでひとりで手を突っ込んで多くの観光客とカップルに奇異な目で見られる中、誰に迷惑をかけるわけでもないとひとりで悦に入るくらい「誘引性」のある「真実の口」。ローマの休日がそうさせたのかと思うと、映画もまた、つい行動を変えたくなるような「仕掛け」のひとつなのかもしれません。
松村さんが定義する「仕掛け」の要件は、以下の3つ。
- 公平性(Fairness):誰も不利益を被らない。
- 誘引性(Attractiveness):行動が誘われる。
- 目的の二重性(Duality of purpose):仕掛ける側と仕掛けられる側の目的が異なる。
「誘引性」(A要件)は行動を「誘う」仕掛けの性質のことであり、行動変容を「強要」するものは仕掛けの定義から外れる。この要件を満たす前提として、仕掛けが行動の選択肢を増やしていること、および私たちが自分の意志で自由に行動を選べることが必要である。
子どもたちの行動変容、すなわち成長を大きな目的のひとつとしている学校教育にあって、仕掛学から学ぶところは「多」です。望ましい行動を「誘う」仕掛けを教室につくって、担任の手を借りなくても子どもたちが勝手に行動変容していくというのが、働き方改革を考える上でも「理想」です。セキスイハイムとのコラボで「子どもが賢く育つ」と謳った家づくりを行っていたもと教員の隂山英男さんのアプローチや、こちらももと教員の岩瀬直樹さんらが設立した軽井沢風越学園とのコラボで「子どもたちの主体的な学びの空間」をテーマにした校舎づくりを行った建築家・仙田満さんのアプローチも、そういった「仕掛け」といえるでしょう。
友達とのコミュニケーションの量が自然と増えていくアイランド型の座席配置(教室)なども含めて、家づくりや校舎づくりなどのアーキテクチャ的な「仕掛け」は、仕掛学でいうところの「仕掛け → 物理トリガ → フィードフォワード → アフォーダンス」に分類されます。教員にはこの「フィードフォワード → アフォーダンス」がいちばん馴染み深いのではないでしょうか。
驚くことに、松村さんの「仕掛学」は、大分類2種類(物理的トリガ、心理的トリガ)、中小分類4種類(フィードバック、フィードフォワード、個人的文脈、社会的文脈)、小分類16種類(聴覚、アフォーダンス、挑戦、被視感、等々)に別れていて「アフォーダンス」以外にも、15種類の小分類があるんです。これらを学んで、学校教育に応用しない手はありません。冒頭の引用でいうところの「一本の鉛筆を使った」というアプローチです。
「一冊の書籍を使った」というアプローチ。
休日出勤を回避するためにも、ぜひ。