田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方」&「読書、旅行、映画」

松井博さんの『なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか』より。臨時休校を機会に「なぜ」を考えよう。

 では、何が問題なのでしょうか? 僕は、日本企業の停滞の原因は「集団による意思決定」自体の問題ではないかと考えています。
 アメリカの企業というのは驚くほどトップダウンなので、トップが決めたことに本当にみんなが粛々と従います。一方、日本は基本的にボトムアップで、なおかつ合議制です。よく「出る杭は打たれる」と言いますが、日本ではみんなの合意を得ながら物事を進めていかないと、本当にフルボッコされます。
 日本にもっとたくさんのトップダウンの会社があったら、おそらくもう少し元気な会社が続いていたでしょう。
(松井博『なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか』KADOKAWA、2019)

 

 こんばんは。金土と時間を気にせずによく眠ることができました。今日は昼寝もしました。トップによる「要請」のおかげです。臨時休校にならなかったら、おそらくこの土日はずっと学校で、或いは自宅で、眠い目をこすりながら成績処理をしたり通知表の所見を書いたりしていたのだろうなぁと想像します。来週の土日も、再来週の土日もです。平日は寝不足のまま満員電車に揺られ、そのうちコロナウイルスに感染してしまうのではないか、と思いながら。そして「なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか」と思いながら。でも、安倍首相のひとことで、3月については「こんな働き方」を止められそうです。好き嫌いとか賛否両論とか、そういう話はさておき、トップダウンってすごい。国と企業では意味合いが少し異なるかもしれませんが、松井博さんがボトムアップよりもトップダウンを勧める理由が肌感覚でわかります。

 

なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか

なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか

  • 作者:松井 博
  • 発売日: 2019/09/27
  • メディア: 単行本
 

 

 ざっくりとした著者経歴。米国にて大学卒業後、沖電気工業、アップルジャパンを経て米国アップル本社に移籍。2009年に同社退職後、カリフォルニア州にて保育園を開業。2015年にはフィリピン・セブ島にてBrighture English Academy 創設。

 

 なぜ松井博さんは、こんな生き方を実現できたのか。

 

 そんな本も読みたいところですが、それはさておき、働き方の見本市でも開けそうな経歴をもつ松井さんによれば、ボトムアップ&合議制に基づく日本的な「集団による意思決定」には《何か根本的な問題がある》とのこと。具体的には以下の3つ、とあります。

 

 ① アイデアが出にくい。
 ② 危険な方向にシフトしやすい。
 ③ 慎重な方向にシフトしやすい。

 

 ①も②も一見するとトップダウンの方が該当するように思えるし、②と③も一見すると「矛盾では?」と思えますが、そうではない、というのが松井さんのユニークなところであり「働き方の見本市」に裏付けられた経験知でもあります。

 

 ① アイデアが出にくい。

 

 これについては《1958年にすでに検証実験が行われています》とあります。1人で考えたときの方が4人で考えたときの2倍ものアイデアが出たとのこと。とはいえ、これだけでは説得力に欠けるというのも正直なところです。おそらく日本的な「集団による意思決定」において①が問題になるのは、日本の集団には《集団を構成するメンバーの多様性、独立性、それに分散化が備わった集団に加えて、集団のメンバー個々の意見を一つに集約する仕組み》が欠けているからでしょう。ジェームズ・スロウィッキーの『「みんなの意見」は案外正しい』を援用すれば、①はそのように解釈することができます。小学校の職員室で働き方改革につながるアイデアが出にくいのも、集団を構成するメンバーに「多様性と独立性と分散化」が備わっていないからだと思われます。

 

 ② 危険な方向にシフトしやすい。

 

 松井さんは《異なる意見が対立した場合、自分の主張を押し通そうと、意見が極端な方向に走っていく傾向にあります》と書き、この現象には「リスキーシフト(Risky Shift)」という名前まで付けられていることを紹介しています。また、トップによる意思決定ではないので、誰の責任なのかわからなくなってしまうことも問題だと書きます。教員の働き方でいえば、中学校の部活動を含め、定額働かせ放題というかたちですでに危険な方向にシフトしたまま「放置」されている問題が思い浮かびます。4月からは「残業上限45時間」になるはずですが、これについても誰が責任をもって実現するのかがわからず、全く期待できません。

 

 ③ 慎重な方向にシフトしやすい。

 

 危険な方向に、と言いつつ、次に慎重な方向に、と言われると、読者は頭をひねって考えざるを得ません。そこがいいところです。考えさせる授業って、理想ですよね。本もそうです。

 この矛盾については、馬鹿と天才は紙一重という話と同じだと考えれば腑に落ちます。松井さんは《「集団で決めると意見が極端な方向に振れやすい」ということは、逆に慎重な方向にもシフトしやすいことを意味します》と書きます。ちなみにこの現象にも名前が付いているそうで、コーシャスシフト(cautious shift)と呼ばれているそうです。cautious=気をつける。組体操が危険だとわかってもやめられない小学校、労働時間が異常だとわかっても仕事を精選できない小学校、新型コロナウイルスの感染拡大が予想されても「トップの声がなければ」何も判断できない小学校。③は、そういった問題のことをいっています。

 

 トップダウンであれば、①~③は解決できます。ただしアホなトップが「トップダウン」を強行すると、昨年ニュースとなった神戸の小学校のようなことが起こります。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか。まともな「トップ」の不在と意思決定のやり方の拙さが、なぜに対する説明の一端です。その他の説明については、ぜひ松井さんの本をポチッとして読んでみてください。 

 教育研究者の鈴木大裕さんに「教師の労働環境は子どもの学習環境」という言葉があります。マイナスの意味での「こんな働き方」を続けていたら、同じくマイナスの意味での「あんな学び方」を子どもたちに強いることになってしまいます。あんな学び方がどんな学び方なのかについてはご想像にお任せしますが、あんな学び方を過去に積み重ねた結果として、現在の日本社会があるのは確かです。

 

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 明日は午前中にテストの採点・入力と総合的な学習の時間のカリキュラムの見直しをして、午後は総合的な学習の時間の所見(40人)を書きます。臨時休校にならなかったらほとんどが勤務時間外に行っていた仕事です。なぜ僕らは、こんな働き方を止められないのか。この機会に、この「なぜ」を考える人が一人でも増えますように。

 

 いつもより長く寝られます。

 

 おやすみなさい。