その人にとって最も大事な人と出会わなかったら、その人の人生はどうなっていたのだろうと考えてみたんだ。その疑問の答えを探していると、結果的にこの映画の企画になった。男だろうと、女だろうと、独身でも恋人がいても、この人と出会わなかったら自分はどうなっていたのだろうと考えるのはおもしろいものだよ。「この人」は最愛の人でも、素晴らしい同僚でも、親友でもいいんだ。
(劇場用パンフレット『LOVE AT SECOND SIGHT』シンカ、2021)
こんばんは。有り難いことに、前回のブログを宮台真司さんがリツイート&引用ツイート(Twitter)してくださいました。アメイジングです。スペクタクルです。郡司ペギオ幸夫さんいうところの「やってくる」とはこのことかもしれません。
とても深く読み取っていただけた、素晴らしい御感想です。うれしいです。ありがとうございました。 https://t.co/WA176HEbdm
— 宮台真司 (@miyadai) May 15, 2021
宮台真司がやってくる。
現実っていうのは、どこか外部から「やってくる」ものによってかろうじて成り立っているというのが、郡司さんの命題です。だから何も起こらない日常こそスペクタクルでアメイジングで、
サンクスフル。
例えば『世界は贈与でできている』の近内悠太さんも《この世界が安定つり合い(くぼみに置かれたボール)だと思っている人は、少なくとも「感謝」という重要な感情を失うのです》と同じようなことを書いているし、宮台さんも新刊『崩壊を加速させよ』の中で、同様の記述をしています。
世界視座経由の社会視座。だから社会が奇蹟になります。世界視座経由とは世界「からの/への」視座を伴うこと。繰り返すと、社会は元々「接触する多視座」つまり「パラレルワールド的多視座」です。個体であることが単なる偶然だと体験されるから、個体であることが「かけがえのない奇蹟」になります。
私たちが当たり前のように享受している日常は、奇蹟である。単なるラブコメだと思っていた映画も、宮台さんのフレームを当てはめて考えると、世界「からの/への」視座を伴う作品のように思えてくるから不思議です。
愛を手に入れたのに他に何を望む?
先日、映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』(ユーゴ・ジェラン監督作品)を観ました。フランス人のユーゴ・ジェラン監督が、英米の映画文化に母国のテイストを加えてつくったというファンタジック・ラブストーリー、要するにラブコメです。
ラブコメの定義はといえば、これ。
Wikipedia 曰く《現実にありそうな日常の設定の一部分を極端に逸脱した状況を仮想設定したうえで主人公の恋愛関係に焦点をあて》たもの。映画『ラブ・セカンド・サイト』にちょっとした「深さ」を感じたのは、ここでいう《極端に逸脱した状況》というのが、もしかしたら宮台さんいうところの〈世界〉であり、郡司さんいうところの「やってくる」に相当するのではないか(?)と思ったからです。
夫(ラファエル)は売れっ子のSF作家。
妻(オリヴィア)はしがないピアノ教師。
でも、ラファエルがある朝目覚めると、一匹の巨大な虫にはなっていなかったものの、パラレルワールド、すなわち立場が逆転したもうひとつの世界ができあがっていた。
ラファエルはしがない国語教師。
オリヴィアは一流のピアニスト。
そしてそのもうひとつの世界では、ふたりは赤の他人同士。オリヴィアに至っては、高校時代に一目惚れして結婚したラファエルの存在すら知らない。そういった《極端に逸脱した状況》が、主人公ラファエルの人生に「やってくる」というストーリーです。冒頭に引用したユーゴ・ジェラン監督の《その人にとって最も大事な人と出会わなかったら、その人の人生はどうなっていたのだろう》というのは、要するにそういうこと。
ラファエルはどうするのか。
もう一度オリヴィアと恋に落ちれば元の世界に戻れるのでは(?)と考え、アプローチするというのが筋書きです。この過程が、当然のことながら、美しく、愉快で楽しい。ロマンティック・コメディですからね。ユーモアが散りばめられていて、館内には時おり笑い声がこぼれます。音楽もいい。情景もいい。フランソワ・シビル演じるラファエルと、ジョセフィーヌ・ジャピ演じるオリヴィアの色気も、いい。マスクもせずに美男美女がワインと会話を楽しむ場面なんて、さすがフランスのテイストというか、違う意味で異世界です。初恋のおわりからはじまる恋も素敵だなって、そう思える至福の時間。でも、もとの世界には戻れない。オリヴィアの心を再び射止めたのに、戻れない。こんなのは俺の人生じゃないって、取り乱すラファエル。
愛を手に入れたのに他に何を望む?
そんなときにラファエルの親友がそう口にします。宮台さんの著書に『これが答えだ!』というタイトルの本がありますが、まさにそれです。愛を手に入れたのに他に何を望む?
これが答えだ!
映画館での映画体験は、映画館という非日常的な空間性と、わざわざ映画館に出向くという時間性を伴う。前者の非日常性と後者の助走過程によって、普段働かない感覚への〈開かれ〉がもたらされる。
映画批評集『崩壊を加速させよ』のあとがきより。
世界視座を経由し、かけがえのない奇蹟に気づいたラファエルが、最後にどうなるのか。もとの世界に戻れるのか、戻れないのか。或いは戻るのか、戻らないのか。答え合わせは映画館で、ぜひ。
おやすみなさい。