田舎教師ときどき都会教師

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隈研吾 著『ひとの住処 1964-2020』より。建築と教育は似ている。

 武士道の実現のために身を挺して働くことが求められ、設計事務所の若い所員たちの徹夜が美徳とされた。この武士道システムによって、日本の建築デザインのレベルは世界最高といわれるレベルに到達した。建設業界が世界最高の質の建築を生み出したように、建築デザインでも、日本は世界を圧倒したのである。実際の社会のニーズとも、人間の生活とも無関係に、武士として己の美学を究めることで、日本の建築デザインは世界から注目されたのである。
(隈研吾『ひとの住処 1964-2020』新潮社、2020)

 

 おはようございます。子どもたちは来ませんが、授業もありませんが、仕事はたっぷりあります。めちゃくちゃあります。よくもまぁこれだけの量の仕事を授業と平行しながらやっていたなぁと感心してしまうくらいにあります。過去の私は天才だったのかもしれません。変態だった可能性すらあります。いずれにせよ、自分で自分をほめてあげたい。20年近く、よくがんばったな。徹夜もいとわず、身を粉にして働いていたもんな。隈研吾さんいうところの「武士道システム」のせいかもしれないな。そういえば村上春樹さんも「システム」って言ってたな。壁と卵とそれから私。武士道と云うは死ぬ事と見付けたりって、ホント、壊れたり死んだりしなくてよかったな。

  

 

 建築家の隈研吾さんの新刊『ひとの住処』は、1964年の東京オリンピック・パラリンピックと、開催が危ぶまれている2020年の東京オリンピック・パラリンピックをつなぐかたちで書かれた半自伝的文明論です。過去と未来を結び付ける紐帯となっているのはもちろん「建築」。人と大地の結び付きや、人と人とのかかわりを取り戻そうとしている「つなぐ建築家」らしい構成といえます。加えて開催が危ぶまれていることについては、「負ける建築家」らしい展開といえます。

 

対談集 つなぐ建築

対談集 つなぐ建築

  • 作者:隈 研吾
  • 発売日: 2012/03/30
  • メディア: 単行本
 
負ける建築

負ける建築

  • 作者:隈 研吾
  • 発売日: 2004/03/25
  • メディア: 単行本
 

 

 つなぐって、学校でも大切にしているコンセプトですよね。コミュニケーションが自然発生するように、担任はつながりを生む教室をつくり、建築家はつながりを生む建築をつくります。もと教員の隂山英男さんがセキスイハイムとコラボして「子どもを賢く育てる家」をつくったのも、教育と建築のつながりがよくわかっていたからでしょう。環境(建築)が行動(教育)を誘発します。庇をつくればその下に人が集まるとか、アイランド型の座席配置にすれば子ども同士のコミュニケーションの量が増えるとか、そういったことです。力のある教員は、いつだってこの「誘発」を意識した場づくりを行っています。

 

 建築と教育のつながり。

 

 冒頭の引用は、プラザ合意後の日本の建築業界を揶揄したものです。隈研吾さんいうところの「武士道システム」によって、当時の建築業界は江戸時代の武士と同じように、閉じた世界の中で己の美学を究める方向へとひた走っていたとのこと。

 

 徹夜が美徳だなんて、滅私奉公を美徳とする学校と同じじゃないか!

 

 そうなんです。隈研吾さんが揶揄した当時の建築業界と、閉じた世界の中で授業の美学を究める方向へとひた走っている現在の学校は、限りなく似ているんです。建築用語を教育用語に置き換えてみると、冒頭の引用は《実際の社会のニーズとも、人間の生活とも無関係に、教師として己の美学を究めることで、日本のレッスン・スタディ(授業の研究)は世界から注目されたのである》となります。全くというか、恐ろしいくらいに違和感がありません。補足のために、以前にこのブログで紹介した、リヒテルズ直子さんの講演録を再掲します。武士道システムをベースにしている日本の教育の「おかしさ」がよくわかります。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 

  •  オランダのイエナプラン教育では「一人ひとりの子どもが自学する」がベース。それを先生が見て回る。教室は社会と同じように、異年齢の子ども(1~3年生など)で組織されている。
  • 日本や途上国で見られる一斉授業の前提は「みんな同じ」。一方で、オランダやデンマーク、北欧などの国々は「みんな違う」を出発点にしている。だから必然的に「自学」がベースとなる。
  • 日本でよく聞かれる、授業がきれいにできたとか、板書がきれいとか、そういう話はどうでもいい。どう教えるか(知識伝達、Teaching Process)ではなく、どう学びを充実させるか(学習支援、Learning Process)が教師の腕の見せどころ。
  • 授業スキルではなく、教育学的環境づくり。日本の教育(先生たちの研究)は授業スキルに偏っている。
  • 日本の教育スタイルは産業社会に対応。これからは市民社会に対応した教育が必要。会社員ではなくて、市民としてどう生きていくか、が重要。
  • オランダでは、子育て中のパパは週休3日、子育て中のママは週休4日が「一般的」。残業なんて、もちろんない。市民社会を目指した教育を行ってきた結果としての「現状」。日本はどうなっていますか。日本の教育は結果としてどういう社会を実現していますか?
  • これが正解という教育はない。だからオランダが答えだと言っているわけではない。今でもオランダは市民全員でよりよい教育制度を模索している。それが市民社会。

 

 隈研吾さんに戻ります。以下の引用も『ひとの住処 1964―2020』より。

 

 若い建築家から、一言アドバイスを求められると、「仕事がないことを大事にするといいよ」と答えることにしている。~中略~。そうやって走り始めると、日々の仕事に追われてしまって、こなすだけになる。自分の作っている建築にどんな意味があるのか、社会が今どんな建築や都市を必要としているのか、未来の人間がどんな建築、都市を必要としているのかを考える時間がなくなってしまう。

 

 仕事はたっぷりありますが、めちゃくちゃありますが、よくもまぁこれだけの量の仕事を授業と平行しながらやっていたなぁと感心してしまうくらいにありますが、自分の授業にどんな意味があるのか、社会が今どんな教育を必要としているのか、未来の人間がどんな教育を必要としているのか、この機会に少しでもいいから考えられたらいいなぁと思います。

 

 武士道と云うは生きる事と見付けたり。

 

 行ってきます。

 

 

武士道 (岩波文庫 青118-1)

武士道 (岩波文庫 青118-1)