田舎教師ときどき都会教師

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大谷ノブ彦、平野啓一郎 著『生きる理由を探している人へ』より。バンコクの美女と八方美人だった同級生の話。

『私とは何か』の中でも書いたんですけど、「分人という考え方は八方美人のススメなのか?」って聞かれることがあるんですね。だけど、それはまったく違っていて、両者はむしろ逆なんですよ。分人を考える人は、「相手によって自分が変わる」ということを理解できるわけですが、八方美人は相手ごとに分人化することを放棄していて、誰に対しても同じ調子のいい態度を取っているんだと思うんですね。だからこそ、あっちこっちで愛嬌を振りまいていると、軽薄だなと感じられてしまう。
(大谷ノブ彦、平野啓一郎『生きる理由を探している人へ』角川新書、2016)

 

 中学生のときに、八方美人だった女の子を好きになりました。片思いです。1年前の夏、生きる理由を探していたわけではありませんが、たまたま帰国していたその女の子と、四半世紀ぶりに再会し、むかし話に花を咲かせました。たった一度の人生、会いたい人には会っておくものです。25年のときを経て明かされた裏話に、過去が刷新されるくらい驚かされました。小説家・平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』ではないですが、未来が過去を変えるって、ホントです。生徒会で活躍していたキラキラ系の彼女は、実は、八方美人ではなかったんです。

 

 そういうことだったのかぁ。

 

 八方美人を辞書で調べてみると、次のようにあります。以下、三省堂 大辞林 第三版より。

 

 ① どこから見ても欠点のない美人。
 ② だれに対しても如才なく振る舞う人。

 

 当時の彼女は①でもあり②でもありました。少なくとも、当時のわたしにはそのように見えました。①の彼女に魅了され、②の彼女に嫉妬するという、思春期にありがちな感情を、日々もてあましていた記憶があります。

 ちなみに②の意味において「八方美人」の逆であるとされる「分人」ですが、この言葉は辞書に載っていません。平野さんがつくった造語だからです。大谷ノブ彦さんと対談する平野さん、お子さんと一緒にウルトラマンの話に興じる平野さん、バーに立ち寄ってマスターと語らう平野さん、等々。様々な顔をもつ全ての「分人」が「平野啓一郎」であり、人間の個性とはその複数の分人の構成比率のことである、というのが分人の考え方です。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 分人は、八方美人のススメではありません。ましてや八方不美人のススメでもありません。そもそも「あらゆる」という、ある種の画一的な意味をもつ「八方」という言葉が「分人」には合いません。あらゆる男の子に愛想を振りまいていたように見えた、25年前の彼女。わたしに振りまいた「愛想」が、その他大勢の男子と同じだったかどうかは定かではありませんが(聞いてもいませんが)、その全方位的な「愛想」の裏には、なんと、大人(先生)の思惑があったというんです。大人(先生)って、これだからあれだなぁ。

 

 タイのバンコクにて。

 

 思惑の話の前に、タイのバンコクで出会った美女の話。タクシーの後部座席から窓越しに声をかけてきたタイ人女性。困った感を出している、そのエキゾチックな感じの美女のもとへフラフラと吸い寄せられるわたし。

 

 美女 VS ネギを背負ったカモ。

 

 美女「ここに行きたいのですが?」
 カモ「えっ?」
 美女「ここです💖」

 

 地図を広げて隣に座るよう促す美女。促されるまま後部座席の美女の隣に乗り込むカモ。膝の上に広げた地図にペンを走らせるも下敷き代わりになるものがないため現在地と目的地をうまく線で結ぶことができずに困った感をさらに醸し出す美女。大人の思惑にまんまとはまっていることに気がついていない平和なカモ。「あなたのカバンを下敷き代わりにすればいい」と提案してきた美女に「いいね!」と二つ返事で答える平和というか頭お花畑のカモ。右手で地図上に線を引きつつ死角に入ったわたしのカバンに左手をつっこむ美女。あっ、何かおかしいと感じ始めるカモ。カモが気づいたかもと空気の変化を敏感に感じとる美女&グルの運転手(♂)。タクシー急発進。間一髪、後部座席から飛び出したカモ。

 

 飛ばねぇカモは、ただのカモだ。

 

 閉めていたはずのカバンのチャックが全開になっていて、冷や汗をかきました。幸い、貴重品はカバンの中には入れていなかったので、セーフ。宿に戻ってから『地球の歩き方』の「注意喚起」みたいなところに目を通したところ、同じ手口による「八方美人」の話が載っていて、猛省しました。油断大敵。

 

 もしかしたらあのタクシー運転手が彼女に八方美人を強いていたのかもしれない。 

 

 いやいや。

 

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バンコクにあるカオサンロード(安宿街)にて、食事中(01)

 

 中学校のときに好きだった八方美人の女の子。もうおわかりかもしれませんが、八方美人であることを、担任の先生(♀)に強いられていたんです。容姿端麗で天賦の才もあって、その十数年後の未来にはブルース・ウィルスやメリル・ストリープなどのハリウッドスターと舞台を共にすることになる、同世代の出世頭&音楽家の彼女。その魅力的な彼女が、あまり元気がなかったり、思春期をこじらせていたりする男子を中心に、360度の「愛想」を振りまけば、不登校を未然に防ぐこともできるし、荒れがちな男子も静まるかもしれない。そんな意図をもっての担任による指導があったとのこと。恐るべし、学校教育。挨拶代わりの「〇〇くん💖」って、

 

「〇〇くん💖」詐欺だろ、それ。

 

 願わくば、わたしに向けられた「〇〇くん💖」だけは、八方美人ではなく分人としての彼女から発せられたものだと信じたい。