田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

角幡唯介 著『旅人の表現術』より。30代から40代へ。やりきるって、大事。

 無論、私は今も探検家という肩書きで活動、執筆しており、今年も一月から北極圏で活動しているわけで、その意味では一見、やっていることは変わらないように見えるかもしれない。しかし探検や冒険にたいする距離感や態度といった内面的な部分が、三十代のころとくらべて全然ちがうのだ。
(角幡唯介『旅人の表現術』集英社文庫、2020)

 

 こんばんは。上記は文庫版あとがきからの引用です。40代の学級担任であれば、後半の部分を次のように読み替えることができるのではないでしょうか。やっていることは変わらない。しかし学級づくりや授業づくりにたいする距離感や態度といった内面的な部分が、30代のころとくらべて全然ちがうのだ、と。共感です。同世代の表現はとことんしみます。どうちがうのかといえば、それはつまり、30代のころのような没入感は、いい意味で「ない」ということ。

 

 角幡唯介さんは1976年生まれ。

 

 いわゆるポスト団塊ジュニア(1975年~1981年生まれ)を代表する表現者のひとりです。角幡さんだけでなく、平野啓一郎さんとか三浦しをんさんとか石井光太さんとか中村文則さんとか坂口恭平さんとか千葉雅也さんとか、20代、30代で名を上げた同世代のトップランナーたちが、40代のいま、どんな言葉を紡いでいるのか。気になってしまうのは、そこにある種の救いを求めてしまうからかもしれません。なんといってもわたしたちポスト団塊ジュニアは、別名「ロストジェネレーション」、日本語にすると「棄民世代」ですから。

 

 棄民即旅人。

 

 

 角幡唯介さんの『旅人の表現術』を読みました。角幡さんが物書きとして本を書くようになってからまもない文章、すなわち30代のときに書いていた文章(雑誌に掲載した記事、対談、単行本や文庫本の解説、等々)をあつめた雑文集です。目次は、以下。

 

 第一部 旅を書く、自分を書く
 第二部 人はなぜ冒険をするのか
 第三部 旅から見えること

 

 第一部には開高健やら沢木耕太郎やら増田俊也やら、第二部には本多勝一やら第一部に続いて石川直樹やら、第三部には梅棹忠夫やら鈴木涼美やら三浦しをんやらの名前であったり本人であったりが登場し、最後に「文庫版あとがき」へと続きます。豪華な顔ぶれが、よい。30代の文章と、40代で書いたあとがきとの距離感も、よい。40代になった角幡さん曰く《どうやらどこかの時点で、私は個人的な生の追求から、万人にあてはまる普遍的な生の追求に軸足をうつしたようだ》云々。

 学級づくりと授業づくりの魅力に取り憑かれ、大きな仕事も任されるようになった30代の学級担任がギラギラしているのと同じように、第一部から第三部までの角幡さんの筆致もギラギラしています。ジョージ・マロリー言うところの「そこに山があるから」ではなく、夢枕漠さんが小説の登場人物に言わせたところの「そこに山があるからじゃない。ここにおれがいるからだ」という個人的な生の追求です。しかも死と隣り合わせ。教員でいえば、過労死と隣り合わせの学級王国みたいなものでしょうか。

 

 どこかの時点とは?

 

 だとしても、そのことに自分の中で整合性をつけることは可能だったのだろうか。納得できていたのだろうか。生の余白を霧消させるには、妥協して精神を溶解させる以外に道はないのだろうか。年齢を重ねるということは、すなわち精神が溶解することを意味するのだろうか。
 もし開高健が生きていたら、私はそのことを訊いてみたかった。

 

 第一部の最初に収められている、記事「『夏の闇』に見る人間・開高健の荒地」のラストに書かれている文章です。初出は2014年。30代のときに開高健に向けたこの「問い」と、40代のときに書いた文庫本のあとがきが「自問自答」のようになっていて興味深く思います。ベトナム戦争という荒地に足を踏み入れ、九死に一生を得るかたちで人生に死を取り込んでしまった開高健も、その体験を『夏の闇』に昇華させた後は、自分の中で整合性をつけて、死から遠いところに軸足をうつしたのかもしれない。年齢を重ねるということは、精神の溶解を意味するのではなく、精神の変化を意味することなのかもしれない。たとえドロドロに溶解するのだとしても、それはサナギになるときの蝶と同じように「変化成長」のためかもしれない。40代の角幡さんは自身の変化と重ね合わせながらそう思ったはずです。角幡さん曰く、

 

 しかし、だからといって当時の感覚をとりもどしたいとも思わない。あんなにひりひりした精神状態は疲れる。若者の時期だけで十分、正直もう御免である。今の私は三十代をやりきったという気持ちがつよい。

 

 やりきるって、大事。

 

 やりきることが「どこかの時点」という次の扉を用意するのでしょう。

 このやりきるということに関して、もうひとつ印象に残っているのが、第三部の「梅棹忠夫と西陣、北山」という記事です。日本における文化人類学のパイオニアとして知られ、角幡さんが《ちょっとしたコンプレックスみたいなものを持ち続けていた》という「京都学派」を代表する知の巨人だった梅棹さん。記事の途中、その梅棹さんが鬱になったという話が出てきます。梅棹さんが亡くなる2年前、88歳のときのこと。

 

小山さんによるとそれは次のような理由だった。
「三人と話した後、自分は何度も遠征したけど、本格的な登山をしていないと。それでウツになってしまった」
 対談相手の三人はヒマラヤ遠征など実績が豊富な登山家ばかりだった。

 

 梅棹さんほどの人でも他者に羨望を抱き、同時に「やりきれなかった」という後悔の念も抱くということです。ポスト団塊ジュニアを代表する一般人のわたしが、角幡さんに羨望を抱くと同時に「夏休みをダラダラと過ごしてしまった」と後悔の念を抱くのも当然かもしれません。やはり、

 

 やりきるって、大事。

 

 30代をやりきった角幡さんの探検の数々については、以下。個人的には『極夜行』が好きです。角幡さんの視点に「パパ」が加わるからです。

 

www.countryteacher.tokyo

  

 もうすぐ2学期が始まります。年休を大量に投下しすぎてしまって、仕事にたいする距離感がうまくつかめません。ステイホームで本ばかり読んでいたことも仕事にたいする態度にマイナスの影響を与えているような気がします。結局のところ、文章を読むことは、自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みに過ぎない。村上春樹さんの表現を援用すれば、そういうことになるでしょうか。

 

 まずは早く寝て生活リズムを整えます。

 

 おやすみなさい。