田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

岩田健太郎 著『感染症医が教える性の話』より。やればできる。

 教育対象として大切だ、ということとそれをあからさまにしてよいか、という問題は別問題だ。同じにしてはいけない。
(中略)
 排泄はプライベート・マターであり、プライートなことを公の場で大きな声で口にするのは、そのプライベート性を否定することになる。そういうプライベート・マターを大声で口にしたり、図面で示すことは、客観的で事実性の高いことを教えているようで、その本質であるプライベート性は教えていない。むしろ、「うんこなんて大声で言っちゃダメだよ」「トイレはみんなのいないところで、するんだよ」と教えることが大事なのだ。
(岩田健太郎『感染症医が教える性の話』ちくまプリマー新書、2016)

 

 昨年末の学校の大掃除のときに、普段ほとんど使っていない特別教室の掃除をしたところ、木床の水拭きを始めた男の子が「大発見だ!」とばかりに大きな声でこう言いました。

 

「あっ、うんこ色になった!」

 

感染症医が教える性の話 (ちくまプリマー新書)

感染症医が教える性の話 (ちくまプリマー新書)

  • 作者:岩田 健太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/12/05
  • メディア: 新書
 

 

 岩田健太郎さんの『感染症医が教える性の話』は、曰く《性教育は「生き延びるためのスキル」を教えるために存在する》ということを全方位的に論じた本です。

 

「あっ、うんこ色になった!」

 

 続きはといえば、岩田健太郎さんの指示通りに「うんこなんて大声で言っちゃダメだよ」と教えようと思って声をかけようとしたところ、世紀の大発見に興奮を隠せない様子だったその子が「よし、うんこ王国をつくろう」と間髪を入れずに提案。王国って《一番欲しいものは手に入らないと気づいたのは、いつの頃だったろう》で始まる中村文則さんの小説のタイトルみたいだなぁ、なんて思いつつ、声かけはやめて「うんこ王国」設立のその後を眺めることに。

 すると、王国に興味をもった男の子たちがわらわらと集まってきて、「創造は組織する」を地で行く展開に。普段はそれほど掃除に対して意欲的ではない男の子数名が、うっすらと白くなっていたタイル調の木床の1枚1枚をそれはそれは丁寧にふき始めるではありませんか。プライベート性を教えることに少しだけ目をつむった結果、そのとき一番欲しいと思っていた「一生懸命に掃除をする子どもたちの姿&生まれ変わった特別教室」が手に入ったというわけです。恐るべしプライベート・マター。でも次回はチョコレート王国にしてね、って事後指導。

 

 現場って、そういうところです。

 

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性教育、4年生の保健の授業を参観(2002)

 

 初任校は性教育の研究指定校でした。初任校というか、その町にある全ての小学校が性教育の研究をしていました。海に抱かれた漁師町だっただけに、もしかしたら性(セックスなど)に寛容な風土が残っていたのかもしれません。命を大切にするという意味での性教育ですが、性の乱れに対する「予防」としての意味合いも強かったように思います。校舎に高々と、そしてでかでかと掲げられたスローガンも、いま考えると、かなり意味深なものでした。

 

 やればできる

 

 深い。とはいえ、教えが浸透した結果なのか、或いは浸透しなかった結果なのか、性教育をがんばっていた私の初任校は、残念ながら2年前に「人口減」で廃校になってしまいました。

 それはさておき、黒板の写真は4年生の保健の授業で撮ったものです。2002年の5月。初任の私に、ベテランの担任(♀)とベテランの養護教諭(♀)が「性教育の授業っていうのはこうやってやるんですよ」というのを見せてくれました。ありがたいことです。

 写真を見てわかるように、思春期に入ると体が変わっていきますよ~、という「客観的で事実性の高いこと」を教える保健の授業です。教材の提示の仕方とか、授業の進め方とか、初任を育てようっていう二人の先輩教員の優しさとか、もちろん様々なことが勉強になったのですが、いちばん記憶に残っているのは、後ろの席に座っていた男の子二人のこんな「私語」です。

 

 男の子A「セイキだってよ」
 男の子B「セイキ?」
 男の子A「そう、セイキ」
 男の子B「セイキセイキ、ミルクセーキ?」
 男の子A「ミルクおちんちんだ!」
 
 男の子A&B、涙を流しながら大爆笑。

 

 授業後、私と一緒に参観していた教頭先生が二人を廊下に連れ出してめちゃくちゃ叱っていました。勉強熱心だった教頭のことです。きっと、叱りながらも岩田健太郎さんいうところの「プライベート性」を教えていたのでしょう。懐かしいなぁ。

 

 現場って、そういうところです。

 

 一昔前にメディアで「行き過ぎた」性教育が叩かれていたことがありましたが、そういった現場はおそらくはごく一部というか、ほとんどないのではないかと思います。あったとしても、その良し悪しは、岩田健太郎さんも言っているように「事実に基づかないナイーブな憶測」によって決められてしまっています。性教育に必要なのは「リアルで地に足のついた考え方」である。私もそう思います。

 ちなみに岩田健太郎さんが「小学生に性教育」をするとしたら、《「生き延びるために」必要な性教育を教えたい》そうで、『感染症医が教える性の話』の前半に、次のような内容を挙げています。

 

 人前では裸にならないように。
 男女は着替えやトイレの場所が違うんだよ。
 知らない人についていかないように(危ないから)。
 生理とその対応法。

 

 勉強になるなぁ。なお、『感染症医が教える性の話』の山場は後半にあります。特に「絶対恋愛」の話は、性教育の延長線上にある、もっともっと大きなことを論じていて、教師だけでなく、子育て中のパパやママにもぜひ読んでもらいたい内容です。うんこ王国やミルクおちんちんの先にあるしわせな未来。子どもたちと一緒に、これからも考えていきたいものです。

 

 やればできる!

 

 

王国 (河出文庫 な)

王国 (河出文庫 な)

  • 作者:中村 文則
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/04/06
  • メディア: 文庫